第95話 アトランティス領域

「……えーと、先輩……?」

「…………………………」


 帰りの車の中、先輩はずっと無言である。というか、正確には悠木との面会を終えてからだけど。


 多分、先輩は気に入らないんだろう。

 俺が、まるで悠木を許すかのような、そんな態度を取ったことに。


 でも、今日会った悠木は、俺の知っている悠木とまるで違っていた。

 学園にいたころのアイツは、常に俺を見下すような視線を向け、事あるごとに俺のことを蔑んでいた。

 木崎の奴が学園からいなくなり、俺を勧誘する時も“グラハム塔”領域エリアで襲ってきた時も、その視線は一向に変わっていない。

 なのに、今日の悠木の瞳に、そんな色は一切見られなかった。


 見えたのは、謝罪と、後悔と、困惑の色だけだ。


「…………………………ぷ」

「へ?」

「ハハハハハ! いや、よくよく考えてみれば、君はそう言う男の子、だったな」


 突然吹き出したかと思うと、先輩は愉快そうに笑いながら、そう呟いた。


「え、ええと……」

「ふふ、君は初めて逢ったあの時から、ずっと変わらない。真っ直ぐで、諦めなくて、ひたむきで……そして、誰よりも優しくて」

「うあ!?」


 先輩にべた褒めされ、俺は思わず変な声を上げた。

 というか先輩、恥ずかしいです……。


「ふふ……とはいえ、誰にでも優しくされると、な……」


 そう言って、先輩は少し寂しそうに微笑んだ。

 だけど……先輩は少し勘違いしてるみたいだ。


「先輩」

「ん……?」

「俺は……俺にとっては、先輩がいつだって一番大切です。先輩の言うって奴がそうなら、それは先輩がいてくれるから、ですから……」

「あう……うん……」


 俺が先輩にそう告げると、先輩は顔を真っ赤にしながらうつむき、静かに頷いた。


 でも、これは事実だ。

 俺が俺でいられるのは、先輩がいてくれるからこそなんだ。

 もし、先輩がいなかったら、今頃俺は世の中の全部を憎んで、『まとめサイト』にあるように、ただ耳を塞ぎ続けていたはずなんだから。


 結局駅に着くまでの間、結局俺と先輩は無言のままだった。

 でも、最初のギスギスしていた時とは違い、ただ、心地よかった。


 ◇


「では、私はこれで失礼します」


 駅前に到着した俺達は車を降りると、カナエさんが恭しく礼をした。


「カナエさん、ありがとう」

「ありがとうございました!」


 そして、カナエさんは車に乗って先輩の家へと帰って行った。


「さて……じゃあ、行きましょうか」

「うむ。ところで、君の行きたいところ・・・・・・・というのは……?」


 先輩はそう尋ねながら、口の端を少し持ち上げた。

 というか先輩、ある程度予想がついてますよね?


「あはは……まあ、着いてからということで」


 俺は苦笑すると、先輩と一緒に歩いて移動する。

 その行き先は。


「む……図書館、か?」

「はい」


 そう、今回の目的地は市営の図書館。

 当然、俺はここに本を借りに来たわけじゃない。


「先輩、コッチです」


 俺は先輩と一緒に中に入ると、たくさん並ぶ本棚の一番奥……哲学関係の本が並んでいる棚へとやって来た。


「えーと……『ティマイオス』、だったっけ? ……お、あったあった」


 本棚から一冊の本を取り出すと、長い間読まれていなかったのか、ほこりが舞った。


「ケホケホ……つ、次に、三一七ページを開いて、と……」


 本をパラパラとめくり、ある記述のあるページを開くと。


「っ!?」


 先輩が思わず息を飲む。

 それもそうだろう。だって……目の前に、突然領域エリアの入口である扉が現れたんだから。


 でも。


「ふ、ふふ……そうだろうとは思ってはいたが、それでもやっぱり驚いてしまうな……そして、これも偶然見つけた・・・・・・のだろう?」

「あ、あははー……」


 先輩の含みのある笑みに、俺は苦笑するしかない。

 でも……先輩はそれ以上追及してこなかった。それもこれも、先輩が俺のことを信じてくれているから。


「さあ、入りましょう」

「うむ」


 俺と先輩は扉をくぐって中に入ると。


「「おお……!」」


 俺と先輩は思わず声を失った。

 だって、この領域エリア……他の領域エリアとは違って通路や壁もなく、ただただ階層が広がっているだけなんだから。


 そう。ここは二周目特典である五つの領域エリアの一つ、“アトランティス”領域エリア。海洋に浮かぶ広大な階層がただ存在する、特殊な領域エリアだ。


「こ、このような領域エリア、見たことがないぞ……!」

「ですね……」


 さて……それじゃ、せっかく来たことだし、チョットだけでも攻略しておこうかな。


「先輩、あそこに建物らしきものがありますから、まずはそこから手をつけてみましょうか」

「う、うむ、そうだな」


 俺達は少し離れた場所にある、朽ちたギリシャ風の神殿のような建物を目指す。

 すると。


「っ! 幽鬼レブナントです! [シン]!」

『ハイなのです!』


 俺が叫ぶと、[シン]が現れてこの領域エリア幽鬼レブナント、“ブロンズゴーレム”へと突っ込んでいく。

 そして。


『【縛】!』


 瞬く間に呪符を貼り、幽鬼レブナントを足止めすると。


「おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 先輩の[関聖帝君]がブロンズゴーレムへ向け、青龍偃月刀を振り下ろした。


 ――斬ッッッ!


 見事に【一刀両断】にされ、ブロンズゴーレムは幽子とマテリアルに変化した。


「ふむ……ここの幽鬼レブナントは、“アルカトラズ”領域エリアと比べると若干弱い、か」


 先輩が地面に転がるマテリアルを眺めながらそう呟いた。

 実は先輩の言う通りで、“アルカトラズ”領域エリアのっ攻略の目安がレベル六十であるのに対し、この領域エリアはレベル五十となっている。


「はい。先輩、これからは立花や加隈を“グラハム塔”領域エリアで鍛えつつ、サンドラとプラーミャを加えた四人で、ここの攻略も並行して進めましょう」

「分かった」


 俺と先輩は頷き合うと、しばらく“アトランティス”領域エリアの攻略に勤しんだ。

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