第54話 憐れな道化師

「チョット! 忘れたフリして逃げようたって、そうはいかないからね!」


 教室にやって来た二年の“夏目ハルカ”が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながらヅカヅカと教室の中へと入ってきた。


「えーと、先輩……あの夏目先輩は、俺の精霊ガイストがクラスチェンジして強くなったこと、知らないんですか……?」

「う、うむ……というか私もその、あ、あれ以来忙しくてな……まともに会話した記憶もないんだ……」


 あー、つまり無視してたんですね? その気持ち、すごくよく分かります。


「さあ! あなたの精霊ガイストのステータスを見せてよ!」


 ウーン……嬉しそうにそんなこと言ってるけど、本当に見せていいのかなあ……。


「先輩……どうします?」

「う、うむう……ま、まあいいんじゃないか?」


 先輩は顔をしかめながら曖昧に返事をした。

 い、いや、一応賭けをしたのは先輩なんですからね?


「どうしたの? 早くしてよ。それとも……恥ずかしくて見せられないとか? キャハハハハ!」


 そう言ってからかいながら、愉快そうに笑う夏目先輩。

 俺にはその姿が、あわれな道化師ピエロにしか見えなかった……。


「な、何ですノ! いくら先輩だからって、ヨーヘイに失礼ですわヨ!」

「キャハハハハ! だって、しょうがないんだもん!」

「お止めなさいって言ってますノ!」


 い、いやサンドラよ、お前こそ止めてやってくれ……!

 これ以上……これ以上、彼女を傷つけないでやってくれよ……!


 とりあえず、これ以上見てられない俺は、そそくさとガイストリーダーを取り出すと、そっと夏目先輩にステータス画面を見せた。


 すると。


「っ!? こ、こんなのデタラメだから!」

「えー……そのー……」


 せ、先輩! これ以上は空気がもたないです! 助けてください!

 俺はそんな思いを込めて先輩を見つめるが……。


 ――プイ。


 あああああ! チクショウ! あの桐崎先輩が俺を見捨てやがった!?


「ネ、ネエ……ワタクシには何がなんだかサッパリなんですけド……」


 困惑した表情でおずおずと尋ねるサンドラ。

 仕方ないので、事の顛末てんまつについてサンドラに耳打ちしてやると。


「ッ! そ、そうですノ……」


 夏目先輩をチラリ、と見たサンドラのアクアマリンの瞳は、今まで見たことがないほど憐憫れんびんを湛えていた……。


『ムフー! [シン]はあの日の屈辱を忘れていないのです! キッチリ罰ゲームは受けてもらうのです!』

「ちょ!? [シン]!?」


 どうやら[シン]は、この夏目先輩に対してかなり怒っていたみたいだ。

 いつもにぱー、と笑うあどけない表情は鳴りを潜め、[シン]のオニキスの瞳には絶対に許さないという強い意志が込められていた。


「え、ええええええ! いい、いいよ!? しょ、勝負だから、ぬぬ、脱いだって全然構わないし!? どど、土下座だってしてあげるよ!?」


 そう言うと、夏目先輩はさながらマンガみたいに瞳をグルグルさせながら、制服に手を掛けようとした。


「あう!? ま、待つんだ! もう勝負なんてどうでもいいじゃないか! き、君の謝罪だけ受け取るということでどう……『そんな程度じゃ、この[シン]は納得できないのです! スッポンポンになるのです!』……って、[シン]!?」


 あああああ! せっかく先輩が話を収めようとしたのに、まぜっかえしやがってえええええ!


「ホ、ホラ! [シン]もそんな前のことは忘れて、その……な?」

『マスターは甘いのです! 戦いは数なのです!』

「いや、言っている意味が分かんねーよ!?」


 ダメだ……このままじゃ[シン]は絶対に折れそうにない……。

 こうなったら。


「[シン]ー……今って夏だからさー、ルフランでもアイスクリーム始めたの、知ってた?」

『「っ!?」』


 俺の言葉に[シン]がゴクリ、と唾を飲み込む。で、なんで先輩まで一緒になってるんですか……。


「だからさー……もう、こんなくだらないことは放っておいて、これからそのアイスクリーム、食べに行かないか?」


 と、とりあえず[シン]の好物で釣ってみたんだけど……ど、どうだ……?


『三つ』

「はい?」

『アイスクリーム三つで、手を打つです』

「! お、おう! 三つだな!」


 よし! 何とか[シン]が折れたぞ! ……って!?


「チョット!? な、何やってるんですかあああああ!?」

「ななな、何って! ア、アタシは約束を守るんだから!?」


 俺達が[シン]を説得している間に、この夏目先輩はしれっと制服を脱いでおり、既に下着姿になっていた!?


「ももも、望月くん! 見るなあああああ!」

「ヨーヘイ! 見ちゃダメですワ!」

「ふげ!?」


 先輩とサンドラに思い切り突き倒されて俺は教室の床を転げ回り、そのまま気を失った。


 ◇


 その後、俺が意識を取り戻すと、教室には既に夏目先輩の姿はなく、先輩とサンドラの心配そうな表情が飛び込んできた。

 で、その視界の片隅では、大はしゃぎしながら『アイス! アイス!』と連呼する[シン]の姿もあった。


 その後、俺達はルフランに来て今に至る、ってわけなんだけど。


「うー……先輩もサンドラもヒドイなあ……」

「う……す、すまない……」

「申し訳ありませんワ……」


 俺がジト目で先輩とサンドラを睨むと、二人は恐縮した様子でうつむいた。

 といっても、別に俺も本気で怒ってるわけじゃないからいいんだけど。


「それで、夏目先輩は結局どうしたんですか?」

「あ、ああ……それなんだが……」


 先輩の話によると、夏目先輩はあの後、顔を真っ赤にしながら脱いだ制服を抱え、『覚えていなさいよ!』との捨て台詞セリフを吐いて教室を飛び出して行ったそうな。

 で、そんな夏目先輩の下着を、鼻の下を伸ばしながらまじまじと眺めていたクラスの男子達は、女子達から粛清を受け、阿鼻叫喚あびきょうかんの渦と化したらしい。


 言っておくが、俺は何一つ悪くないからな?


「ま、まあそういうことだから、お詫びにここはこの私がおごろう……」

「ワ、ワタクシも……」


 ウーン……逆に申し訳ないなあ……。


 などと思ったけど、注文した俺のザッハトルテは、先輩とサンドラの餌食となった。


 [シン]? [シン]は約束通りアイスクリーム……というかジェラートを三つ食べてご満悦ですが何か?

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