第29話 最高の未来のために

 ――ドン。


「キャッ!?」

「寄るなよクソ女」


 俺はクソ女を突き押すと、よろめいて尻餅をついた。


「な、何を……!」

「何を? あんな真似・・・・・をしておいて、オマエこそどういうつもりだ? というか、目障りなんだよクソが」


 吐き捨てるようにそう言うと、俺は興味がないとばかりにヒューズボックスを机にかける。


「テメエ! ゴブリンのくせに木崎さんに何してやがる!」


 ハッ! 加隈の奴、ここぞとばかりに絡んできやがった。


「何だよ。ひょっとしてオマエ、このクソ女好きなの? 趣味悪いな」

「っ! この!」


 とうとうキレた加隈は、自分の精霊ガイスト……[トリックスター]を召還した。


「オイ! 今なら土下座で許してやる! でなきゃ、二度と学園に来れない身体になるだけだ!」


 オイオイ……本当にコイツ、主人公の仲間ポジかよ……。


「ハア……オマエ、精霊ガイストを人に対して使ったら厳罰だって分かってるよな?」

「ハッ! 関係ねえ! 大体ゴブリンの言うことなんか、誰が信用するんだよ!」


 などと加隈はほざいてるけど。


「なあ、委員長。コイツ、止めなくていいの?」


 俺は呆れながら加隈を指差し、委員長……悠木に尋ねる。


「……さあ? 私には何も見えないけど?」


 はは、見て見ぬフリって。


「失礼、望月くんはいるか」

「「「「「っ!?」」」」」


 あはは、先輩ナイスタイミング。


「む? おい、君はなんで精霊ガイストを出しているんだ?」

「へ!? あ、その……「……彼は、私達に精霊ガイストのステータスを見せてくれていたんですよ」……そ、そうそう! 最近俺、頑張ってるっす!」


 悠木が助け船を出すと、加隈がそれに乗っかる。でも、さすがにそれは苦しすぎるだろ。


「そうか? だが、その割には大して強くなさそうだが?」


 口の端を持ち上げ、先輩は皮肉を込めて加隈に告げた。あはは、悔しいのか先輩睨んでやがる。


「ハハハ! だ、だけど先輩が贔屓ひいきにしてるソイツより、圧倒的に強いっすけどね!」


 ハア……コイツ、意趣返しのために俺をダシにしやがった。


「望月くん、そう言ってるが?」


 先輩が嬉しそうに俺を見やる。

 ですね。じゃあ、俺の精霊ガイストを……[シン]をコイツ等に見せつけてやりますよ。


「来い。[シン]」


 俺がそうつぶやくと、[シン]は俺達の、アイツ等の眼前に姿を現した。


「「「「「はあああああああ!?」」」」」


 はは、[シン]の姿を見て驚いてやがる。


「オ、オマ!? それ!?」

「ん? あー、俺の精霊ガイスト、オマエ等が遊んでる間にクラスチェンジしたんだよ。ところで」


 開いた口がふさがらない加隈にそう告げると、俺は先輩に向き直った。


「実はコイツが精霊ガイストで喧嘩売ってきたんですけど、俺が返り討ちにした場合はどうなりますか?」

「っ!?」


 俺の言葉に、加隈が息を飲んだ。


「ん? そうだな……さすがに向こうから手を出されれば、正当防衛ではないかな」

「そうですか……だってよ、どうする?」


 俺は口の端を吊り上げ、加隈に向かって挑発するようにわらった。


「じょ、上等……っ!?」

『ふわあ……遅いのです。雑魚なのです』


 目に留まらぬ速さで加隈の[トリックスター]の背後に回り込んでいた[シン]が、欠伸あくびをしながらペタリ、と一枚の紙片を貼り付けた。


「な、何……『縛』……なあっ!? う、動け……っ!?」


 [シン]のその一言で、焦りと困惑の表情を浮かべながら加隈の奴と[トリックスター]はピクリとも動かなくなった。


 これこそ……[シン]の持つ【方術】の力。

 ありとあらゆる呪符を用い、立ちふさがる者を排除する唯一無二の能力。


「さーて。で、どうする? このままオマエをフルボッコにしてやってもいいんだけど?」

「あ……う……」


 俺が一歩ずつゆっくりと近づくと、加隈の顔が少しずつ恐怖に染まっていく。


「……クッ! この……っ!?」

「ふふ……さすがにそれは無粋というものではないのか?」


 悠木が自身の|精霊……[ミーミル]を召還するが、その首元に先輩の[関聖帝君]の青龍偃月えんげつ刀を突きつけられ、沈黙してしまう。

 まあ、[シン]も[ミーミル]の背後に回ってるけど。


「さて……オイ、クソ女」

「っ!?」

「オマエに聞きたいんだけど、俺があのこと・・・・言ったら、何が分かるの?」

「…………………………」


 俺が見下しながら問いかけると、クソ女は唇を噛んで押し黙る。

 コイツも気づいてるんだろう。今の俺には敵わないことを。


「ふふ、そろそろいいんじゃないか?」


 先輩が微笑みながら俺の肩をポン、と叩いた。


「先輩……ですね」

「では、君もこんな教室にこれ以上いたくはあるまい。今日は“天岩戸あまのいわと領域エリアに行ってみないか?」

「え? 先輩、それって……」


 先輩が誘った領域エリアは“天岩戸”。

 三年生の必修となっている領域エリアで……先輩が、主人公達と最後の戦いに挑む場所。


「ふふ、物足りないか?」


 先輩が嬉しそうに問いかける。

 だけど……これは俺にとって好都合だ。


 だから。


「まさか。先輩と一緒なら、どこだって最高の場所ですよ!」

「あう!? そそ、そうか!? そうだな!?」

『ハア……またマスターが無自覚に桐姉さまの好感度を上げているのです。ねえ? 関姉さま』

『……(コクリ)』


 顔を真っ赤にしながら挙動不審になる先輩に、呆れた表情を浮かべる[シン]と[関聖帝君]。

 というか[シン]よ。なんでお前、そんなに[関聖帝君]と仲良さげなんだよ。


「ううう、うむ! でで、では行こう!」

「はい!」


 俺と先輩は、教室を出……ようとしたところで。


「ああ、そうだ」


 後ろへと振り返った先輩が、クソ女を見据みすえた。


「今度から領域エリアでは気をつけるんだ。何が起こるか分からないからな。例えば……突然、階段が塞がれるかもしれんしな」

「っ!?」


 ニタア、とわらう先輩を見て、クソ女は身体を震わせた。

 あはは、先輩がオマエみたいなクソ女をいちいち相手にするわけないのにな。


 もちろん、この俺も。


「ふふ……さあ、今度こそ行こうか」

「はい!」


 凛とした笑顔を見せる先輩の隣を、俺は歩く。


 これからの俺は、この優しくて、強くて、綺麗で、最高な先輩と共に歩いて……この世界の結末を変えるんだ。


 先輩の悲しい結末を、ぶっ壊すために。そして。


 ――先輩と紡ぐ、最高の未来のために。

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