異伝 《人々の噂》

――飛行船が出発する前日の晩、ある酒場で人々が盛り上がっていた。一般人の間にはマグマゴーレムの討伐作戦は伝えられていないが、それでも飛行船に荷物が運び出されているという噂は流れていた。



「おい、聞いたか?明日の朝に飛行船が飛ぶみたいだぜ」

「は?またかよ、今度は何処へ行くんだ?」

「さあな、だけど最近は多いよな。飛行船が飛ぶ事……」

「俺さ、王国騎士の知り合いがいるんだけど、どうやら全部の王国騎士団が乗り込むらしいぜ」

「何だよそれ……また問題事が起きたのか?」



各地区の王国騎士団が飛行船に乗り込む前に準備を整えている事も知られ、更には騎士団だけではなく、冒険者ギルドの方でも動きがある事も噂になっていた。



「冒険者ギルドの方も黄金級冒険者のマリンの行方を確かめられたそうだぜ」

「マリンって……あのマリンか?」

「そういえば最近は姿を見ないよな……まあ、前々から滅多に人前に現れる人じゃなかったけど」

「どうなってるんだろうな……」



酒場に集まった客は王国が何をしようとしているのか疑問を抱き、それでも答えは思いつかない。いくら考えた所で無駄な事は考えても仕方がないと判断し、彼等は酒を楽しむ事にした。


しかし、そんな彼等の会話を盗み聞きする者がいた。それは酒場の隅の席で一人で座る女性であり、彼女は他の客の話を聞いて目つきを鋭くさせる。



「……ご馳走様、お代は机の上に置いておくわ」

「あ、ありがとうござい……えっ!?お客さん、多すぎますよ!?」



女性は金貨を1枚置くと、そのまま酒場を立ち去る。従業員は彼女が食べた分の食事と酒を確認して支払額が多すぎる事に気付き、慌てて止めようとしたが彼女は無視して酒場を出た。



(飛行船が飛ぶ……少し調べる必要があるわね)



酒場を離れた女性はしばらくは街道を歩くと、路地裏に移動して人気のない場所に移動しようとした。しかし、そんな彼女の後を追う人物が居た。


女性が辿り着いた場所はナイがヒイロ達と初めて遭遇した建物に囲まれた空き地であり、彼女は後方を振り返って自分に付いてくる者達に声をかける。



「出てきなさい」

「……へっ、気づいていたか」

「姉ちゃん、随分と羽振りがよさそうだな……俺達にも恵んでくれよ」



姿を現したのはいかにも柄の悪そうな出で立ちの男達だった。その手には短剣が握りしめられ、彼等を見て女性は同じ酒場に居た客だと知る。どうやら自分が金貨で支払いして出て行ったのを見て、金目当てで尾行してきた小悪党らしい。



「私が金を持っていると思って付いて来たの?」

「その通りだ。あんな安い酒と飯だけで金貨を支払うなんて姉ちゃん、何者だ?何処かの貴族様か?」

「へへへっ……ここは滅多に人が来ないからな。いくら騒ごうと無駄だぜ」

「そうね……

「あん?」



女性の口ぶりに男達は疑問を抱くと、彼女は指を鳴らした。その行動に男達は何のつもりかと思ったが、直後に彼等は異様な気配を感じ取った。



「な、何だ!?」

「み、見られている!?」

「あら、中々勘が鋭いわね……大方、傭兵崩れの小悪党かしら」

「て、てめえっ!!何をしやがった!!」



男達は何処からか視線を感じ取り、しかも一人や二人などではなく、何十人、何百人の人間に見られているような感覚だった。あからさまに動揺する二人に対して女性は両腕を広げる。



「ほら、よく見なさい……をね」

「足元、だと……!?」

「う、うわぁあああっ!?」



女性の言葉に男達は視線を下に下ろした瞬間、いつの間にか自分達の周りに数百匹の「鼠」が集まっている事に気付く。彼等が感じた視線の正体はこの鼠達であり、女性は指をもう一度鳴らす。


次の瞬間に大量の鼠が一斉に襲い掛かると、男達は悲鳴を上げる暇もなく身体中を噛み付かれた。鼠達の前歯はまるで研ぎ澄まされた刃物の如く切れ味が鋭く、一瞬にして男達は肉を抉られ、骨を削り取られ、眼球を潰されてしまう。



『っ――――!?』



声にもならない悲鳴をあげながら男達は全身が喰いつくされるまで鼠の大群に群がられ、その様子を魔物使いのアンは冷めた目で見下ろす。



「つまらないわね」



10秒も経過しない内にアンの目の前にはずたずたに引き裂かれたの破片だけが残り、男達の肉体は跡形もなく消え去った。数百匹の鼠が彼等の身体を食い尽くし、仮に他の人間にこの現場を見られても何が起きたのか理解できないだろう。


アンが再び指を鳴らすと鼠達は散らばり、彼女は空を見上げる。そして月に向けて彼女は手を伸ばし、笑みを浮かべた。



「もう少しで……届く」



その言葉の真意は彼女以外の人間には分からず、アンはその場を立ち去った――

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