第855話 これは試練だ
――ナイを乗せたビャクは街道を駆け抜け、時には建物を跳び越えて目的地である商業区へと最短距離で向かう。この際にナイはできるだけビャクに身体を預け、体力の回復に集中した。
リョフとの激戦、更にはマジクとシャドウとの戦闘を終えたナイは体力も魔力も限界を迎え、せめてモモから魔力を貰うべきかと考えたが、消耗している騎士達の治療は彼女しか行えない。それに自分の事を好いている女の子の前で情けない姿を見せたくはなかった。
「ビャク、ごめんな……お前も疲れているのに」
「ウォンッ!!」
気にするなとばかりにビャクは鳴き声を上げ、主人のために全速力で商業区へと向かう。ナイは心強い相棒に身体を預けていると、移動中にビャクは異変を感じ取って急停止した。
「ウォンッ!?」
「うわっ……どうした?」
急に立ち止まったビャクにナイは驚いたが、すぐにビャクが停止した理由を悟る。それはビャクの目の前に不自然な影が現れ、満月の光に照らされた円形状の影が街道を塞ぐ。
影の周囲を見ても影になりそうな建築物は存在せず、更に影から闇属性の魔力を感じ取ったナイは嫌な予感を覚え、ビャクの背中から降りた。やがて街道を塞いでいた影は縮小化すると、内部から漆黒の杖とローブを纏った老人が姿を現す。
「シャドウ……!?」
「……やっと、来たか」
「グルルルッ……!!」
シャドウは姿を現した事にナイは驚くが、その一方でシャドウの方は心臓を抑え込み、顔色も青ざめていた。明らかに疲労困憊な彼の姿を見てナイは戸惑い、彼は杖を使って立っているのが精いっぱいのように見えた。
――既に夜明けまでの時間は1時間を切っており、もうシャドウ自身も自分の命が間もない事は気付いていた。それでも彼はナイを待ち伏せした理由、それは彼自身がナイに確かめるべき事があったからだった。
どうにか最後の力を振り絞ってシャドウはナイと向き合うと、ナイはそんな彼に対して旋斧を構える。ナイも体力的に二つの大剣を扱う余裕はなく、岩砕剣を地面に下ろしてシャドウと向き合う。
「そこを退け、シャドウ!!」
「……退くわけには行かない。お前を試させてもらうぞ、英雄の器かどうかな!!」
「英雄の器……!?」
マジクが完全に死ぬ間際に告げた言葉と同じ事を告げたシャドウに対し、それはいったいどういう意味なのかとナイは思ったが、シャドウは杖を掲げると自分の胸元に向けて突き刺す。
「があああああっ!!」
「なっ……」
「ウォンッ!?」
自らの胸を杖で貫いたシャドウの行動にナイとビャクは驚くが、直後に彼の身体から膨大な闇属性の魔力が噴き出す。先ほどまでは立っているのもやっとだったシャドウだが、より一層に自分が死に近付いた事で彼は能力を覚醒させる。
闇属性の魔力は聖属性の魔力に相反する存在であり、聖属性の魔力が生命力その物だとしたら、闇属性はその真逆、死に近づけば近づく程に膨大な闇属性の魔力を生み出す事ができた。
夜明けを迎える前にシャドウは自ら自害する事で闇属性の魔力を限界まで引き出し、やがて彼の身体が影に包み込まれ、漆黒の騎士と化す。その姿はリョフと酷似しており、ナイはそれを見てヨウの予知夢を思い出す。
(ヨウさんが見た予知夢は僕が漆黒の剣士に止めを刺される光景を見たと言っていた。確か、相手の大剣が僕の大剣を破壊したとか……)
ナイは大剣と聞いて旋斧に視線を向け、まさかヨウが見た予知夢の剣士の正体はシャドウなのかと焦りを抱く。そんなナイの心情を知らないシャドウは彼が手放した岩砕剣に目を向け、腕を文字通りに伸ばして岩砕剣を回収した。
『こいつは使わせてもらうぜ』
「あっ!?」
「ウォンッ!?」
シャドウを纏った鎧の正体は本物の金属の鎧ではなく、あくまでも魔力で構成された代物でしかない。そのため、シャドウを包み込む鎧は自由自在に形状を変化する事ができる。
鎧の腕の部分を伸ばして岩砕剣を手にしたシャドウを見て、ナイはヨウの予知夢通りにシャドウが大剣を手にしてしまい、彼女の予知夢が正しければこの後に旋斧は岩砕剣によって砕かれ、ナイは止めを刺されてしまう。
(まさか、岩砕剣に旋斧が破壊される……!?)
――伝説の鍛冶師フクツはどんなに扱っても壊されない剣の制作を頼まれ、最初に「旋斧」を作り出した。しかし、後にフクツは旋斧の出来具合に納得ができず、旋斧よりも条件に見合う大剣を作り上げた。それこそが「岩砕剣」である。
まさかこのような形で旋斧と岩砕剣が戦い合う事になるなど誰も想像できず、ナイは旋斧を構えてシャドウは岩砕剣を握りしめる。そして二人は同時に動き出し、大剣を振りかざす。
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