第848話 最後の敵

――火竜を影の触手で操ったシャドウは下水道を移動すると、やがて地上へと進出した。地上を抜け出す際、シャドウは最後の死霊人形であったマジクが敗れた事を悟り、彼はもう自分以外に誰も残っていない事を悟る。


王都に滞在する白面は壊滅、地下施設は全て王国軍に占拠され、城壁の警備も強化されている以上はシャドウには逃げ場はない。そもそも逃げ出した所でシャドウは夜明けまでの命であり、もう助かる術はない。



「はあっ、はあっ……くそがっ、まだ死ねないんだよ……!!」

「グガァッ……!!」



火竜に乗り込んだ状態でシャドウは胸元に手を押し当て、夜明けまで既に1時間は切っていた。もう間もなくシャドウは自分が死ぬ事に気付くが、それでも彼は亡き弟のために最終計画を果たさなければならない。



「くそっ……面倒な事を人に押し付けやがって」



もうこの世にはいないシンの事を思い返し、悪態を吐きたい気分だがそんな暇もない。シャドウは火竜の背中から降りると、人気のない路地にて彼は火竜の経験石を取り出す。


経験石には既に数十個分の火属性の魔力が宿しており、これを暴発させた場合、流石に王都全域を崩壊させる事は出来ないが、その半分は吹き飛ばす事はできる。経験石を手にしたシャドウは火竜に視線を向け、それを目の前で見せつける。



「ほら、見ろよ……お前の先祖の経験石だ」

「ガアッ……!?」

「さあ、食べろ」

「アガァアアアッ……!?」



影の触手を利用してシャドウは火竜の口元を無理やりに開かせると、火竜は必死に抵抗しようとしたが逆らえず、火竜の経験石を口の中に放り込まれる。その後は吐き出さないように火竜は触手に口元を塞がれ、その場で苦しむもがく。


膨大な火属性の魔力を宿した火竜の経験石を幼体の火竜が飲み込んだ結果、経験石を体内に取り込み、全身に魔力が行き届く。その結果、火竜の全身に魔力が噴き出し、やがて火竜の身体が膨らみ始める。


シャドウは火竜の変化を見て経験石が無事に適合したのだと判断すると、彼は笑みを浮かべた。もう間もなく、この国で最も恐れられている竜種が暴れ出す。それを止められるのは誰なのかは分からないが、それでもシャドウの役目は終えた。



「シン……これがお前の望みなんだろう?」



シンの目的は自分が黒幕である事を暴露し、それを息子のロランに討たせる事で彼を「裏切り者の息子」から「国の英雄」に仕立て上げようとした。しかし、シンが死んだ今となってはこの計画はもう破綻していた。


しかし、シャドウはシンが最後に立てた計画を無駄にするわけには行かず、シンの代わりとしてシャドウはこの国の「悪の黒幕」としての役割を果たし、そして彼を打ち破った人間が新たな「英雄」として君臨する。


この火竜は英雄を生み出すための最後の道具であり、シャドウは火竜がこの王都を滅ぼすか、それとも火竜を食い止める者が現れるのか、それを見極める必要があった。



(さあ……俺という物語の終わりだ)



シャドウは自分の人生の終わりを迎える前に英雄と成れる器が現れるのかを待ち構え、彼に辿り着く最後の敵として火竜は解放された――






――同時刻、王都に散らばる人間達は火竜の存在を感知した。あのリョフをも上回る圧倒的な威圧感が王都全域に広がり、その威圧感の正体は火竜討伐戦に参加した全員が勘付く。


一般人でさえも危険を感じ取って建物の中に引きこもり、街中を巡回していた騎士や警備兵達も異変感じ取ると、身体を震わせて顔色を青ざめさせる。


王城の人間達も何が起きたのか理解し、マホは自分の身体に刻まれた呪いが弱まっている事を悟る。呪いが弱まるという事はシャドウ自身に何か起きたのだと察したマホは王城を抜け出す事にした。



「ガロ、マホ、エルマ……儂等も行くぞ」

「ろ、老師!?」

「マジかよ……」

「何だ、この気配は……」



マホの言葉を聞いて流石のガロも顔色が悪く、ゴンザレスは身体が震えていた。武者震いの類ではなく、純粋に圧倒的な威圧感に身体が怯えてしまう。普段ならばマホの言葉に迷いなく従うエルマでさえも動く事ができなかった。


しかし、マホが3人の弟子の姿を見てもここで動かなければならないと判断し、この国に最大の危機が迎えようとしている事を察知した以上、彼女は命を懸けてでも戦う覚悟を決めた――

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