第741話 闘技場の地下では……

――時刻は夜明けを迎えた頃、闘技場の地下に存在する広間には、本来は魔物を管理するために存在する檻の中で傷だらけのドリスとリンが横たわっていた。二人とも何故か治療を受けた状態で閉じ込められており、意識も保っていた。



「……馬鹿女ドリス、まだ生きているか」

「ええ、生きてますわよ……御待ちなさい、私の名前を呼ぶ時に変な発音しませんでしたか」

「知るか……」

「やれやれ……老体には応えるのう」



二人が閉じ込められている檻の隣には鎖で全身を拘束されたハマーンも捕まっており、彼以外にも他の檻には捕まった彼の弟子達や、冒険者であるガオウの姿も存在した。


彼等は昨日の戦闘でゴウカや闘技場内の魔物に敗れ、この場所までに連れ出されて拘束されていた。そして檻の中にはアッシュの姿も存在し、彼がもっとも深手を負った状態で魔法金属製の手枷と足枷が嵌め込まれ、壁際に拘束されていた。



「……皆の者、すまない。俺が油断していたばかりに闘技場を奴等に乗っ取られる羽目になった」

「お主が謝る事ではない……そもそもこんな事、誰も予想できんわ」

「むしろ謝るのは俺達の方だ……くそっ、ゴウカの奴の裏切りを見抜けなかったとは情けないぜ」

「まさか、あの黄金級冒険者のゴウカさんまで白面の協力者だったなんて……」



捕まった人間の間で情報交換が行われ、既に黄金級冒険者のゴウカは冒険者や王国騎士を相手に暴れまわっているという情報は伝わっていた。性格はともかく、ゴウカの実力を認めていただけにガオウは悔しがる。



「爺さん、この檻……何とかならないのか?」

「無理じゃな、この檻は魔物を閉じ込める様に儂が設計した代物じゃ。力ずくで壊す事は出来ん。そもそもこんな状態では身動きすら取れんわ」

「あんたのせいかよ……くそったれがっ」



ガオウは自分を閉じ込める檻を蹴りつけるが、びくともしない。高レベルの冒険者ならば鋼鉄程度の檻ならば簡単に壊せるが、ここにある檻は全てハマーンの商会が製造した代物であり、力が強い魔物でも壊せない様に設計しているので並の力ではどうしようも出来ない。


全員が既に武器を没収された状態であるため、力ずくで逃げ出す事は出来ない。しかし、地上の様子も気になるのでどうにか脱出できないかと全員が話し合う。



「爺さん、あんたが作った物なら何とかできねえのかよ!!」

「無茶を言うな、こんな状態では何も出来んわ……せめて先が尖った物があれば鍵を開ける事は出来るが」

「あん!?そんな物で簡単に開くのか!?」

「簡単とは言っておらん。しかし、儂ならば開く事が出来る……誰か、針金を持っておらんか?」

「そんな都合の良い物、持ってるやつがいるわけねえだろ……」



ハマーンの言葉にガオウは呆れ、全員が捕まる際に身に付けている物は調べられ、脱出に利用できそうな道具の類は全て奪われている。だが、ここで意外な人物の声が地下に響き渡る。



「どうも〜皆さん、生きてますか?」

「お前は……!?」

「……何をしに現れた、この裏切り者!!」



地下室に呑気そうな女性の声が響き渡り、その声を耳にした途端にドリスとリンは表情を険しくさせ、他の者達も眉をしかめる。階段を降りて現れたのは「イリア」であり、彼女の傍にはイシの姿も存在した。


実を言えばここにいる全員に治療を施したのはこの二人であり、イリアは飄々とした態度で歩き、イシの方は普段は不愛想な態度だが、今日に限っては誰とも目を合わそうともせず、気まずい表情を浮かべていた。



「イリア、イシ……よくものこのこと現れたな、この裏切り者共がっ!!」

「酷い言われ方ですね……私達のお陰で皆さん、生きてる事をお忘れですか?」

「止めろ、イリア……言わせておけ」



アッシュが怒鳴りつけるとイリアは少々不満そうな表情を浮かべ、それをイシは宥める。実際に彼女の言う通りにこの場に存在する者達は死にかけていた所を二人に治療され、命を取り留めている。


しかし、二人が施した治療はあくまでも彼等が死なない程度の怪我の治療だけであり、回復薬などの類は使わず、せいぜい薬草の粉末程度の薬しか使っていない。下手に完全回復させないようにある程度の損傷を残した状態のまま、全員を檻に閉じ込めたのもこの二人の仕業であった。


既にドリス達はイリアとイシが裏切り者だと認定し、実際に二人の後に白面の集団が現れた。二人と白面が繋がっているのは間違いなく、しかも二人の他にもう一人だけ階段を降りてきた老人が居た。



「くくくっ……アッシュよ、まさかこんな形で再会するとはな」

「貴様は……オロカ!!まだ生きていたか!!」



老人の正体は闇ギルドの長である「オロカ」であり、アッシュとも面識があった。オロカはアッシュが拘束されている姿を見て笑みを浮かべ、今までの王国の恨みを晴らすべく、鞭を取り出す。

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