第734話 白猫亭では……

――白猫亭では聖女騎士団が集まり、ヒナとクロネは手分けして治療を行う。回復薬の類があればよかったが、生憎と聖女騎士団の団員全員分の回復薬の予備などなかったため、本格的な治療を行えない。



「ヒナちゃん、商業区で回復薬を買いに行く事は無理かしら?」

「駄目ですね……商業区の方も被害が大きくて殆どの薬屋も開いていないそうです。それに開いている店が合っても他の人が既に薬の類を買い占めているらしくて……」

「そう……でも、こんな治療だと治るのに時間が掛かってしまうわ」

「……平気だよ、こんな傷。唾でも付けとけば治るさ」

「テンさん!?目を覚ましていたの!?」



ヒナが治療を行っていたテンは目を覚まし、彼女は痛みをこらえながら起き上がろうとするが、普通の人間ならば身動きすら出来ない程の重傷だった。テンの隣にはルナも眠っており、彼女の方は特に大怪我はなく、呑気に眠っていた。



「う〜んっ……テン、それは私の肉だぞ……勝手に食べるな」

「たくっ、こんな時でもこいつは呑気だね……あいててっ!?」

「テンさん、無茶は駄目よ!!骨がどれだけ折れてると思ってるの!?」

「く、くそっ……そんな事よりも姫様は!?」

「あ、リノ王女はその……」



テンの言葉にヒナとクロネは言いにくそうな表情を浮かべ、その態度からテンはリノの身に何か起きたのかと表情を青くさせるが、意を決したようにヒナが説明する。



「安心してテンさん……リノ王女は無事よ、マホ魔導士がここよりも安全な場所に連れ出してくれたの」

「マホ魔導士が……だけど、エルマの話によると立っているのもやっとの状態じゃなかったのかい?」

「それは……実は、マホ魔導士の知り合いが来てくれて助けてくれたの。だから今は王女様はマホ魔導士と一緒に安全な場所に避難しているわ。シノビさんもここへ来たんだけど、その話を伝えるとすぐにマホ魔導士の元に向かったから大丈夫よ」

「その話、本当かい?あたしを安心させようと嘘を吐いているんじゃないだろうね?」

「こんな時にそんな質の悪い嘘を言わないわよ……」

「そうかい……それなら安心だね」



ヒナの言葉を聞いてテンは心底安堵した表情を浮かべ、マホの知り合いという点は気になったが、少なくともマホやシノビがリノの傍に居るのならば安全だと思い、ベッドに横たわる。


安心した様子でベッドに身体を預けたテンにヒナとクロネは安堵するが、実際の所はヒナが話した内容は間違ってはいないが、一点だけ誤魔化している箇所があった。それはマホの知り合いが助けたという話だが、厳密に言えばその知り合いこそが大きな問題を抱えていた。



(テンさんに言えるわけがないわ……まさか、あの人が協力してくれたなんて……)



身体を休ませるテンを見てヒナは罪悪感を覚え、彼女の脳裏に今日の昼間の騒動が蘇った――






――時刻は昼間まで遡り、ゴウカと対峙したマホは彼の目的を果たすために協力を申し込む。その協力の内容というのが自分と共にリノ王女を守れという内容だった。



『ゴウカよ、お主の目的は強者との戦闘だったな?』

『うむ、そのとおりだ!!』

『ならば儂と共に王女様を守れ。そうすればお主の望みは必ず敵う事を約束する』

『王女を守れ?それはどういう意味だ?』

『言葉通りじゃ……現在の王女は色々な人間に命を狙われておる。あの方の傍に居れば王女の命を狙う輩と戦う事が出来る』

『ほう、それは暗殺者という事か?だが、白面如きでは俺の相手にはならんぞ?』



マホの言葉を聞いてもゴウカは納得は出来ず、リノを守った所で彼女の元に訪れる暗殺者が白面程度であれば彼の敵ではない。しかし、そんな彼にマホは言葉を付け足す。



『何を言っておる、リノ王女の元に訪れるのは命を狙う者ばかりではない。必ずやリノ王女を取り戻すために国内の王国騎士が派遣される。その中にはリンやドリス、」それにもしかしたらロランも動くかもしれん』

『何!?あの猛虎騎士団団長のロランか!?』

『そうじゃ、お主もまだロランとは会った事はあるまい?あの男は強いぞ、お主も勝てるかどうかは分からん』

『むむむっ……』



ロランの武勇はゴウカもよく噂で聞いており、一度戦ってみたいと思っていた。リノ王女を守るという事はつまり白面だけではなく、王国内の彼女の命を狙う人間を敵に回す事を意味しており、マホは言葉巧みにゴウカを利用してリノの安全を守ろうと考えた。



『どうじゃ?お主にも悪い話ではあるまい、まあ儂の話が信じられないのであればとっとと消え失せるがいい。儂にも王女にも興味はないであろう?』

『はっはっはっ!!面白いちびっ子だな、俺を利用しようというのか?だが、その提案は気に入ったぞ!!王女でも何でもこの俺が守ってやる!!その代わりに必ずロランと戦わせろ!!それが条件だぞ!!』

『うむ……魔導士の称号を懸けて約束しよう』

『ええええっ!?』



ヒナは目の前で行われた交渉に愕然とするしかなく、その後にマホとゴウカは本当に手を組んで気絶した王女を連れ出し、白猫亭を立ち去った――

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