第732話 ヨウの予知夢

「くそっ……あのヨウという司祭がナイの身に危険が迫っているというから来てやったのに、まさか俺の方が命の危機に晒されるとは」

「それにしてもお主、よく生きて戻ってこれたのう」

「あ、ああっ……途中で冒険者達に助けられてな。あいつらも無事だといいんだが……それはともかく、街の中は白い仮面を被った変な奴等が騒ぎを起こしている。しかもあいつらだけじゃなくて俺は確かに見たんだ、魔物の姿をな」

「だが、兵士はそんな事は説明しておらんぞ」



イーシャンの言葉を疑うわけではないが、王都を守る兵士達は彼が言う様な怪しい「白面」や「魔物」の存在は一切話さず、ともかく城門を通過する事を禁止するように上の人間から命じられたとしか言わない。


城門が塞がれる前にイーシャンは抜け出す事に成功したが、ドルトンの商団はこの様子では王都に入る事は出来ない。しかし、このままではナイの身に危険が及ぶ。



「あのヨウという司祭が言っていた話、本当に起きると思うか?」

「分からん……だが、あの取り乱しようは演技とは思えん」



事の発端はイチノが復興されてからしばらくした後、ドルトンとイーシャンは偶々陽光教会に訪れていた。イチノが襲撃を受けた時に死んでしまった人間の事を追悼するため、多くの人が集まっていた。


この時にドルトンとイーシャンはヨウと話し合い、3人ともナイの関係者なのですぐに親しくなった。しかし、その日の夜にドルトンの屋敷に顔色を青ざめたヨウが訪れ、彼に警告する。



『ナイに……ナイの身に危険が迫っています!!』

『な、何……いったいどうしたというんじゃ?』

『夢を見たんです……あの子が、漆黒の剣士と戦うために決して身に付けてはいけない力を身に付けようとしています……!!』

『夢?』



ヨウは自分が「予知夢」という技能を持ち合わせ、彼女が見た夢は正夢と化し、決して外れる事はない。ヨウの話を詳しく聞くと、ナイはとある剣士の前で膝を着き、彼女から渡された水晶板のペンダントを利用してある技能を習得しようとしていたという。


その技能の存在はヨウも知っており、彼は漆黒の剣士を倒すためだけに人間が身に付けてはいけない力を習得しようとしていたらしい。それを知ったヨウはドルトンに頼み込み、彼を止める様に促した。


ヨウの言葉がどうにも嘘とは思えず、それに彼女もナイを育てた人物の一人でもあり、ドルトンはイーシャンを連れて王都へ向かう。イーシャンを連れ出した理由はナイと接点があり、それに病み上がりのドルトンを治療しながら旅を出来るのは彼だけだからである。



「イーシャンよ、今夜ここで夜営するぞ」

「夜営!?こんな場所でか!?」

「うむ、儂の勘ではあるがしばらくは城門が開く様子はない。しかし、焦っても仕方がない……ここは儂等も長旅の疲れを癒す必要がある」

「それはそうかもしれないが……」



ここまでの道中でドルトンとイーシャンもかなり無茶をしており、疲労が蓄積していた。特にドルトンの場合は病み上がりの状態で旅に出たため、現在も馬車で移動する時は身体を横にしている。


王都の騒動は気にはなるが、焦った所で状況は変わらず、今日の所はしっかりと身体を休ませる事を提案したドルトンは王都を見る。現在の王都で何が起きているのかは分からないが、ナイの無事を祈るしかない。



(アルよ、お主の息子を守ってくれ……!!)



ナイの事を心配しながらもドルトンは彼の亡き養父を思い出し、天上の世界からアルがナイを見守っている事を信じて祈る――






――同時刻、闘技場の方では血塗れのハマーンが外へ抜け出し、彼の背中には傷だらけのリンとドリスが重なっていた。ハマーンは全身に傷を負いながらも二人を救い出し、外へと逃げ延びる。


彼は全身から血を流しながらもゆっくりと歩み、どうにか安全な場所を探す。しかし、途中で力が尽きたのかその場に倒れ込み、ドリスとリンも背中から落としてしまう。



「ぐふっ……ば、化物共めっ……!!」



ハマーンは自分達をここまで追い詰めた2匹の魔人族を思い返し、奮闘虚しく3人とも敗れてしまった。しかし、相手の方も無傷ではなく、撃退には成功した。



「ううっ……」

「がはぁっ……」



リンもドリスも辛うじてだが生きており、その様子を見てハマーンは二人の身体を引きずってでも闘技場から離れようとした。二人が所持していた武器は置いてきたままだが、今はこの二人だけでも助けなければならない。


自分も深手を負ったにもかかわらずにハマーンは二人を救い出すために力を振り絞り、闘技場の近くに建てている自分の店に向かう。そこに辿り着けば弟子たちが迎え入れてくれるはずだが、ハマーンは建物を見て唖然とした。



「そんな……」



ハマーンの店は燃え盛り、弟子たちが店の前で倒れていた。全員が血塗れで生きているかも分からず、そして彼等の前には黒い仮面を被った人物が立っていた。

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