第720話 回想『貴女のために』

「姫、無事か!?」

「んぐっ……ぷはぁっ!?シ、シノビ……助かりました」

「…………」



リノの猿轡を外し、彼女の手首の拘束を解除したシノビは改めてリノを見つめ、彼女は自分を救ってくれたシノビに感謝する。この際に二人は顔を無意識に近づけ、頬を赤らめた。


しかし、そんな事をしているうちに開け開かれた扉の方から兵士の足音が鳴り響き、こんな事をしている場合ではない事を思い出したシノビはすぐに彼女の身体を抱きかかえ、窓に視線を向ける。



「姫、逃げるぞ!!」

「えっ!?で、ですが……彼女達は!?」

「死にはしない、それよりも早くここから離れるぞ!!」

「ううっ……」

「ま、待てっ……!?」



シノビに切り付けられた二人は大怪我を負ったが、致命傷ではなく、まだ二人とも生きていた。すぐに治療すれば助かるだろうが、窓から逃げ去ろうとするリノ達を追う事は出来ない。


リノの命が狙われた以上は城内は危険であり、シノビは一刻も早く彼女を安全な場所に避難させるために駆け抜ける。この時にリノはシノビにお姫様抱っこされ、彼女は頬を赤らめて告げる。



「お、下ろしてください!!自分で走れます!!」

「いいから掴まっていろ!!こちらの方が早い!!」

「で、ですが……」

「いいから言う事を聞け!!分かったか!?」

「……は、はい」



強く言いつけられたリノはシノビの言葉には逆らえず、彼から離れない様にしっかりと首元に抱きつく。この際にシノビはリノを連れて何処へ逃げるのか考え、とりあえずは訓練場に居る他の騎士団と合流を考えたが、先ほど襲った騎士達を思い出す。



(姫の側近をしていた騎士達さえも裏切った……という事は既に騎士達の中に宰相と繋がっている奴がいる。誰が裏切るか分からない……ここは城外へ逃げるしかあるまい)



リノが信頼していた側近さえも裏切った以上、他の王国騎士が味方とは限らず、最悪の場合はテン、リン、ドリスも裏切り者である可能性もあった。勿論、この3人が宰相と繋がってリノの命を狙うような輩ではない事はシノビも分かっているが、それでも絶対にあり得ないとは言い切れない。


第一に3人が味方だとしても彼女達の配下が宰相と繋がっていない可能性は否定できず、あくまでもシノビの勘ではあるが王国騎士の中には宰相と結託してリノの命を狙う輩が他にも居ると彼は考えていた。


王国騎士が信用できない以上はシノビは最悪の展開を予測し、迅速に行動を移す必要があった。リノを抱えた状態ではシノビも満足に戦えず、今は逃げる事だけに専念する。



「行くぞ、姫!!」

「は、はい!!」

「居たぞ、あそこだ!!」

「姫様を連れ戻せ!!」

「何としても取り返せっ!!」



城内の兵士達がシノビとリノを発見し、二人を捕まえようと駆け出す。恐らくだが彼等の中には宰相とは繋がりがなく、リノが誘拐されていると勘違いして彼女を取り戻そうとする人間も居るだろう。


シノビの実力ならば兵士達を蹴散らして逃げる事も出来るが、彼等の中には宰相の策略に嵌められてリノを救い出そうとする者も居るはずであり、そんな人間を切る事にはシノビも躊躇う。


少し前のシノビならば目的のためならば何者であろうと邪魔する人間は排除すべきだと考えていた。しかし、共にリノや彼女の率いる騎士団の団員と触れ合う事でシノビの心境は変化していた。



(昔の俺ならば……宰相を結託して姫の命を奪い、目的を果たそうとしたかもしれんな)



まだリノと出会う前のシノビならば目的のためならば手段など選ばず、宰相と手を組む事を提案し、率先してリノの命を奪って彼に借りを作ろうとしたかもしれない。


しかし、今のシノビは只の忍者ではなく、リノに忠誠を誓った王国騎士でもある。主君のために彼は全力を尽くし、シノビはリノを守るためならば自分の命が危険に晒される事も構わずに駆け抜ける。



「姫、ここを降りるぞ!!」

「えっ!?降りるって……きゃあああっ!?」

「と、飛び降りたぞ!?」

「馬鹿な、そこから先はっ……!?」



城壁まで移動したシノビはリノを抱き上げた状態で飛び降りると、二人は王城を取り囲む水堀の中に沈み込む。この際に兵士達は慌てて城壁の下を見下ろし、水中に姿を消した二人を探すが、いくら待っても二人が浮き上がる事はなかった――






――その後、シノビは水中にて気絶したリノを抱えて落ちた場所から別の場所から抜け出し、万が一の場合に備えてシノビは幼少の頃から水練を積んでいた事が役立ち、どうにか城から離れる事は出来た。



「はあっ、はあっ……姫、無事か?」

「ううっ……」

「無事だな……すぐに安全な場所に連れて行くからな」



息も絶え絶えながらシノビはリノの救出に成功し、彼女を連れて安全な場所を探し出しに向かう――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る