第678話 人を殺すという事

「うぐっ……げほっ、げほっ……く、くそっ、化物かお前は……!!」

「ゴエモンさん……」

「……殺せ、もう俺に勝ち目はない」



床に倒れ込んだゴエモンは観念したように自分を殺す様に指示を出す。ここでナイ達を殺す事が出来なければゴエモンは後で殺されるはずであり、それぐらいならばここで彼等に殺される方がマシだと思った。


妻を救う機会を失う事は気がかりだが、どうせ今も生きているから分からない状態だった。そのため、彼はもう全て諦めてナイに殺す様に促す。



「お前、人を殺した事は無いんだろう……なら、いい機会だ。ここで俺を殺して経験を積んでおけ」

「何を言って……」

「別にふざけているわけじゃねえっ……俺だって傭兵の頃に何人も人を殺してきた。その中には悪党とは言い切れない奴もいたさ……だから、最初に人を殺した時に自分もいつか誰かに殺される日が来る。そう思っていた。そして今日がその日なんだろう」



ゴエモンは死ぬ前にナイに自分を殺させる事で彼に「殺人」の覚悟を経験させようとした。人を躊躇なく殺す事が出来るようになればナイはより強くなれると思い、せめて死ぬ前に迷惑をかけた彼に自分が出来る事を語る。



「すまなかったな、お前達を騙して……これが俺の償いだ、気に病む必要はない」

「ゴエモンさん!!」

「どうせここで捕まっても……妻は戻ってこない。任務を失敗した俺は白面にも狙われるだろう……牢獄の中で奴等に怯えて生きるなんて人生、まっぴらごめんだ」

「ゴエモン……さん」



ナイ達はゴエモンの話を聞いて何も言えず、確かにここで彼を警備兵に突き出したとしても白面が彼を捕まった事を知ればもう彼の妻を生かす理由はない。


妻を救うためにゴエモンは恥辱を忍んで白面に従い続けた。しかし、その白面の命令を果たせなかった時点でゴエモンは妻を救う機会を失った。今までは妻を救う事だけを生き甲斐してきた彼にそれを諦めて生きろというのはあまりにも酷だった。



(どうすればいいんだ……)



自分が死ぬ覚悟を固めたゴエモンに対してナイはどうすればいいのか分からず、身体を震わせる。ここで彼を殺して楽にさせたほうがゴエモンからすれば幸せかもしれない。捕まえて牢獄に送り込んだとしても今後は彼は白面の送り込む刺客に怯え、妻とも二度と会えずに生きていく事になる。



(やるしかないのか……)



ナイは無意識に自分の両腕が震えている事に気付き、ゴエモンとは今日出会ったばかりだが、彼が悪人とは思えない。確かに命を狙われたが、それには理由があり、悪いのはゴエモンではなく、彼に命令を与えた白面である。


本音を言えば人殺しなどはしたくはない、だがゴエモンを追い込んだのは自分である事もナイは自覚し、ゴエモンを殺す事で彼を救えるのならばここで殺すべきかと思い悩む。



(本当にこれしか方法はないのか)



顔色を青くしながらナイはゴエモンを見下ろし、先ほど突き飛ばした際に身体を痛めたゴエモンの顔色は悪く、放っておいても死ぬかもしれない。それを知った途端にナイは震える腕で落ちている大剣を拾い上げ、



「……教えて下さい、この街にいる白面の居場所を……心当たりぐらいはあるんでしょう?」

「……ああ、奴等の根城の見当はついている。あいつらがいるのはこの街の地下だ」

「地下?」



ゴエモンは白面と繋がっており、定期的に彼等と接触していた。妻を救うためにゴエモンは内密に白面の暗殺者の動向を伺い、そして根城を突き止めていた。


何年もかけてゴエモンが見つけ出した白面の根城はこの街の地下に存在し、どうやらクーノの下水道の何処かに隠し通路が存在し、そこが白面の拠点と繋がっているらしい。しかし、ゴエモンだけでは白面の拠点を突き止めてもどうする事も出来ず、だからこそナイ達に頼む。



「頼む、あいつらを……俺の妻を奪った奴等を絶対に捕まえてくれ」

「ゴエモンさん……分かりました、必ず僕達の手で捕まえてみせます」

「……ありがとうよ。なら、安心だ。さあ、殺せ」



この街で活動する白面の拠点を告げたゴエモンは死ぬ覚悟を決めるが、ナイはそんな彼に対して掌を伸ばし、このままゴエモンは絞殺されるかと思った。だが、予想に反してナイはゴエモンに対して回復魔法を施す。



「ヒール!!」

「なっ……おい、何をしている!?」

「貴方の怪我を治します」

「ば、馬鹿なっ……この腑抜けが!!俺を生かしてどうする!?」

「貴方の方こそ、死んで楽になろうとしないでください!!」

「ナ、ナイ君!?」



ゴエモンの言葉に対してナイは怒鳴り付け、そんな彼にモモ達も戸惑うが、ナイは目元に涙を流しながら昔の事を思い出す。自分の養父のアルが赤毛熊の攻撃で死にかけた時、ナイを残して彼は逝ってしまった。その時のナイは一生忘れられない悲しみを味わう。

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