第629話 森の魔物
「これは……」
「どうかしたのか?」
「……これを見てください」
エルマは前方を指差すと、そこには細い樹木が1本倒れていた。倒れている樹木は自然に朽ち果てて倒れたというわけではないらしく、まるで鋭利な刃物で切り裂かれた様な切断面が存在した。
「見てください、ここの部分を……綺麗に切り裂かれています」
『むっ?本当だな、いったい誰がこんな真似を……』
「まさか、私達以外にも人が入っているの!?」
「いいえ、それはあり得ません。ここは冒険者でも滅多に近づかない場所のはずです……考えられるとしたら、恐らくは魔物の仕業でしょう」
「魔物が……?」
エルマの言葉にナイ達は驚き、彼女は魔物の仕業だといういがどうみても倒れている樹木の切断面を見る限りだと刃物の類で切り裂かれた様にしか見えない。しかも一撃で切り裂いたとしか考えられなかった。
倒れている樹木は細いといっても、それでも一撃で切り裂くなど相当な切れ味の刃物と力を持っている事を意味する。しかし、相手が人間ならばともかく、魔物の仕業だと言い切るエルマにナイは尋ねる。
「何か心当たりがあるんですか?」
「ええっ……魔物の中には刃物の如く切れ味の武器を扱う種が居ます。そして森の中に生息する種で限られるとしたら、昆虫種でしょう」
「昆虫種?」
『その昆虫種とやらがこの木を斬り倒したというのか?俄かには信じられんが……』
昆虫種の存在は黄金級冒険者のゴウカですらも初めて聞くらしく、どうやら巨人国には生息しない種なのかゴンザレスも首をかしげていた。しかし、エルマは緊張した面持ちで切り裂かれた樹木の断面を確認し、彼女は確信を抱いた様に頷く。
「昆虫種は森の中にしか生息しない種です。それに王国でも生息する地域は限られているので知らないのも無理はありません。しかし、その恐ろしさは森人族として生まれた者なら幼い頃から教わります」
「えっ?」
「初めて昆虫種と聞いた方は虫型の魔物など恐れるに足りぬ存在だと侮る方が大半でしょう。しかし、昆虫種は魔物の生態系の中でも上位に位置する存在です」
「何だと!?」
エルマの言葉にナイ達は驚愕するが、彼女によると昆虫種は本当に恐ろしい存在でかつて子供の頃、エルマは昆虫種に滅ぼされた「森人族の里」を見た事があるという。
「数十年前、私はマホ老師と共にある森人族の一族が収める里を訪れました。しかし、私たちが辿り着いた時には里は潰滅し、生き残っている森人族は一人だけで彼の話によると数十人の森人族がたった1日で殺されたそうです」
「まさか……」
「そう、昆虫種にです……奴等は里を襲い、そこに暮らしていた人々を殺すだけでは飽き足らず、捕食しました。そして家屋は破壊され、生き残った最後の一人も重傷を負っていて結局は……」
「ひ、酷い……」
話しを終えたエルマは悔しがるように拳を握りしめ、その話を聞かされたナイ達は何とも言えない表情を浮かべる。この時にエルマは先ほどに遭遇したオークたちの事を思い出し、ある仮説を立てる。
「先ほど、私達を襲ったオークたちは何日も碌な餌に恵まれていないような様子でした。そもそもオークたちは滅多な事では森から出てくる事はありません。そう考えるとあのオークたちは住処を追われた存在なのかもしれません」
「それは……どういう意味だ?」
「……オークたちが恐れる存在が出現し、住処に暮らす事が出来なくなかった。だからオークたちは安全な場所と餌を求めて草原に進出したのかもしれません」
「何だと!?そんな馬鹿な……」
「それって……」
エルマの話を聞いた時にナイは昔の事を思い出し、彼が子供の頃に倒した赤毛熊もゴブリンやホブゴブリンの増殖のせいで山で暮らせなくなり、山を下りて森の方に住処を移動させた事を思い出す。
山の主であった赤毛熊は追い出され、その後はナイの村近くの山はゴブリンの支配圏になった。そして縄張り争いに敗れた赤毛熊は山を下りるしかなく、森へと移住する。魔物同士の諍いで縄張りを奪われた魔物が他の地域に逃げる事は決して珍しい事ではなく、先ほどナイ達を襲ったオークも縄張り争いに敗れて森の外へ逃げ出そうとしていたのかもしれない。
「そういえばあのオークたち、普通の状態ではなかったな」
「私達を見た途端、餌だと認識して襲い掛かってきた様に見えます。もしかしたら縄張り争いに敗れて逃走する際中、碌な餌にありつけなかったのかもしれません」
『その仮説が正しければこの森にはオーク以上の脅威が存在し、しかも今はオークの縄張りを奪っている』
「それが……昆虫種?」
「断言はできません。ですが、状況的に考えてもその可能性が一番高いかと……」
エルマはこの時に倒木の傍に血の跡が付着している事に気付き、まだ血が乾ききっていない事からこの場所で生き物が殺されたばかりだと気付く。
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