第613話 ドリスのお陰

「……御見事ですわ、私の負けです。まさか、リンさんとロラン様以外に私に勝てる人がいるなんて思いませんでしたわ」

「ありがとうございます……でも、僕が勝てたのはドリスさんの教えのお陰です」

「私の教え……?」



ナイはドリスに手を貸して彼女を立ち上がらせると、戦闘の最中でもナイは彼女の言葉を忘れず、先日に教えてもらった事を話す。



「ドリスさんが常に観察力を高めろと言ってくれた事を思い出して、戦闘中はずっと観察眼を使用していたんです。それでドリスさんがどういう風に武器を扱っているのか見てたんで……」

「え、ええ……では、まさか私の爆槍を見てあのような行動を取ったのですか?」

「はい、正直に言ってドリスさんの真似をしたのはいいけど、絶対にドリスさんのように上手く扱えないと思ったんです」



戦闘中にナイは観察眼でドリスの動作を確認し、彼女が扱う「爆槍」がどれほど凄まじく、同時に扱うのに困難な技なのかを理解した。


爆槍は火属性の魔力を放出させ、加速を行う。しかし、下手に力加減を誤ると狙いを外して見当違いに方向に突っ込み、しかも武器が吹き飛ばない様に常に握りしめて置かないといけない。


そもそもドリスの真紅の場合は柄の一番下の部分にある魔石から魔力を放出しているのに対し、ナイの場合は刃全体で放出している。例えるならば噴射口が小さい方が火力をより高めやすい。


結果から言えばナイはドリスの真似をしても彼女のように攻撃出来る自信がなかった。だからこそ無茶な真似はせず、ナイは旋斧を囮にしてドリスに近寄る作戦に切り替えた。この方法はナイがドリスから「観察力を磨け」という助言がなければ辿り着けなかった考え方だった。



「やっぱり、ドリスさんは凄い人です」

「……参りましたわね、まさか私が教えた事で私が負けるなんて……でも、今回は負けを認めますけど、次は勝ちますわ」

「はい、また戦いましょう」

「ええ、必ず……そうだ、私に勝ったお祝いにこれを差し上げますわ」



ドリスは思い出したように彼女は胸元に手を伸ばし、フレア公爵家の紋様が刻まれたメダルを差し出す。それを見たナイは驚き、以前にアッシュ公爵から受け取ったメダルと同じ価値のある代物だった。



「えっ!?これって……」

「フレア公爵家のメダルですわ。それさえあればフレア公爵家と関係がある店に自由に出入りできるようになりますわ」

「でも、こんな大切な物……!!」

「あら?アッシュ公爵から受け取ったのに、私のメダルは受け取れませんの?それは寂しいですわね……」



わざとらしくドリスは悲しむふりを行い、この事からナイは既にアッシュ公爵のメダルを受け取っている事を他の人間にも知られている事を知る。最も当然と言えば当然の話であり、貴族が他人にメダルを渡すという行為は非常に珍しい事だった。


ナイは渡されたメダルを見て戸惑い、こんな大切な物を本当に受け取っていいのかと思ってしまう。しかし、ドリスの行為を無下にするわけにもいかず、ナイは有難く受け取る事にする。



「あ、ありがとうございます。大切にします……」

「ええ、そうしてくれると嬉しいですわ。さあ、今日の訓練はここまでですわ。そうですわ、今回はもう仕事を切り上げてナイさんをうちへ招待しましょう」

「えっ!?」

「リンダもナイさんにお礼を言いたがっていましたし、丁度いいですわ。ほらほら、仕事はここまでにして私の屋敷へ参りましょう。貴方達も来ても構いませんわよ?」

「えっ!?い、いや……遠慮しておきます!!」

「私達なんかがそんな……」

「ま、また別の機会という事で……」

「そうですの、それは残念ですわね。では、参りましょうかナイさん」

「ええ、ちょっ……ドリスさん!?」



ナイはドリスに腕を掴まれて無理やりに引き寄せられ、そのまま仕事を切り上げて彼女の屋敷に案内される。その日のナイは夜になるまで彼女の屋敷で歓迎され、今までに食べた事がないご馳走を味わい、屋敷の美術品を紹介され、ドリスと語り合う事になった――






――この翌日、ナイは改めてバッシュ王子の元で指導を受ける日が来た。だが、当日になってバッシュは用事があるという理由で指導は中止となったと兵士から報告を受けた。



「えっ……バッシュ王子が病気!?大丈夫なんですか?」

「しっ、声が大きいですよ……イシ医師によるとただの風邪なそうで別に大した事はないそうですが、国王様が心配されて王子を今日一日は休ませるように命じたそうなんです」

「そうだったんですか……」

「王子からの伝言も承っております。本日はこのような事になり、大変迷惑をかけて申し訳ない。後日、必ず詫びをする……と申されておりました」

「あ、はい……分かりました」

「そういうわけなので本日の業務は無しという事でお戻りになられても構いません。明後日から銀狼騎士団の訓練に参加なので、それまではご自由にお過ごしください」

「はい……」



急にナイは休みを言い渡され、少々困ったがここでアルトの事を思い出す。最近はあまり顔を合わせておらず、バッシュが本当に風邪なのかどうか確かめたかったので彼に会いに行くことにした。

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