第600話 吸血鬼の調査
――吸血鬼の捕縛の協力を承諾した後、ナイは一旦屋敷に戻って聖女騎士団にも話を通しておく。アッシュ公爵に夕食に誘われていたが、今回は事情があるので断りの返事も送る。
「吸血鬼ね……あんな化物がこの街にいるのかい」
「テンさんは吸血鬼を見た事があるんですか?」
「まあ、何度かね……正直、厄介な奴等さ」
テンによると吸血鬼は魔人族の中でも特異な存在らしく、まずは外見は殆ど人間と変わらない。しかし、実際は人間には存在しない特異な能力を持ち合わせ、敵に回すとこれ以上に厄介な存在はいない。
吸血鬼の一番厄介な能力は他の生物を操る力を持っており、この力を悪用されると色々と面倒な事になる。仮にどんなに親しい間柄の人間だろうと、吸血鬼に噛まれればその人間は奴隷となり、躊躇なく襲い掛かる。そのせいでテンは過去に大変な目にあったという。
「実を言えばあたしも吸血鬼にやられて操られた事があるんだよ」
「えっ!?そうなんですか!?」
「ああ、あの時は本当に大変だったよ」
「それはこっちの台詞だ!!」
「私達がお前を抑えつけるのにどれだけ苦労したと思っている!?」
「あの時は苦労したな……」
テンの話を聞いてレイラ、アリシア、ランファンが騒ぎ出す。彼女達によると聖女騎士団は吸血鬼と遭遇した際、不意を突かれてテンは噛みつかれて吸血鬼の僕と化す。
吸血鬼の操り人形とかしたテンは聖女騎士団を相手に戦い、その時に彼女を抑えつけるのにレイラ達は苦労させられたという。ルナは当時はまだ所属していなかったので知らないが、彼女は吸血鬼に興味を抱く。
「その吸血鬼という奴、強いのか!?」
「強さは……別にそんなでもないね。まあ、あたし達が捕まえた奴は大した事はなかったよ」
「何だ、つまらないな……」
「けど、あいつらの厄介な点はどんな人間だろうと噛みつけば操れるという事さ。そういう意味ではあんたらは気を付けな、もしも操られたら逆らう事は出来ないからね……ああ、でもナイなら――」
「し、失礼します!!」
会話の際中に慌てた様子の使用人が駆けつけ、何事かと全員が驚いて振り返ると、使用人は焦った様子で報告を行う。
「屋敷の前に警備兵の方が……ヒナ様とモモ様が襲われたそうです!!」
「何だって!?」
「あの二人が!?」
テンとナイは使用人の報告を受けてどういう事なのか詳しく事情を問い質すと、使用人は屋敷の前に警備兵が駆けつけている事を伝える――
――時は少し遡り、ヒナとモモは間もなく階層が終了する白猫亭にて再開の準備を行っていた。彼女達の他に黒猫酒場からクロネが訪れ、例の事件のせいで彼女は酒場を失い、今後は白猫亭の地下酒場で働く事が決まった。
「クロネさん、大丈夫?酒場の事は……」
「ええ、平気よ……何時までも落ち込んではいられないし、それに元々あの酒場は閉店するつもりだったからね」
「クロネさん……」
黒猫酒場はクロネにとっては亡き夫との思い出がある大切な場所だが、イゾウのせいで壊れてしまった時は塞ぎ込んでしまう。しかし、何時までも落ち込んでいても何も好転せず、約束通りに白猫亭の地下酒場で働き赴く。
クロネが白猫亭で働いてくれればこれ以上に心強い味方はおらず、ヒナとモモは彼女を歓迎する。クロネとしても酒場の一件を引きずるよりは仕事に没頭する事で忘れたいらしく、白猫亭が再開するのを待ちわびた。
「さあ、あまり落ち込んでばかりはいられないわね!!これからも皆で一緒に頑張りましょう?」
「ええ、そうですね……」
「私、お菓子作り頑張るよ!!今日のためにいっぱい勉強してきたからね!!」
白猫亭ではヒナはテンの代わりに主人を務め、地下の酒場はクロネに任せる事になり、モモの場合は今まで通りに雑用を行う。但し、新しい仕事として彼女は料理も手伝い、お得意のお菓子作りに専念するという。
モモは昔からお菓子が作る事が得意で白猫亭が再開するまでに色々な店に尋ね、お菓子の研究を行う。今後は白猫亭は地下酒場にてお菓子も販売し、お酒が飲めない人間でも楽しめるように配慮する。
「ヒナちゃん、人数はどれくらい集まったの?」
「お手伝いをしてくれる女の子が10人くらい、それに聖女騎士団から護衛として来てくれる人が何人か……これぐらいならもう明日から店を開いても大丈夫ですね」
「やった!!遂に白猫亭に戻れるんだね、私の部屋はナイ君の隣がいいな〜」
「あらあら、モモちゃんたら……」
モモの言葉にクロネは笑顔を浮かべ、そんな彼女を見てヒナは安心する。クロネも辛い思いをしたはずだが、今は知り合いの傍に居る方が気が休まるらしく、ヒナも彼女のために精一杯頑張ろうと思った時、白猫亭の前に立つ3人の元に近付く人影があった。
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