第598話 首筋の噛み傷

「近づいてはいけません!!この男は普通ではありません!!」

「えっ?」

「いでぇっ……いでぇよぉおおっ!!」

「くっ!?力が強く……きゃっ!?」



メイド二人がかりで抑えられていた男は叫び声を上げると、身体中の血管を浮き上がらせて無理やりに立ち上がり、メイドたちを引き剥がす。その状態を見たナイは驚き、即座にリンダは動く。



「邪魔をするなぁああっ!!」

「ナイさん、下がって!!」

「うわっ!?」



男はナイに飛び掛かろうとしたが、リンダはナイを庇うように立つと、男に目掛けて掌底を放つ。腹部に掌底を受けた男は全身に衝撃が伝わり、意識を失ったのか倒れ込む。



「ぐふぅっ……!?」

「ふうっ……やはり、この男もでしたか」

「も、申し訳ありません親衛隊長……」

「油断していました……」



掌底を受けた男は意識を失ったのか倒れ込み、身体も元に戻る。その様子を見てリンダは男に突き飛ばされた二人のメイドの腕を掴み、立ち上がらせた。


いったいナイは何が起きたのかと戸惑うが、この時に気絶した男の首筋に何かに噛みつかれた様な傷跡が残っている事に気付く。まるで蝙蝠か何かに噛まれた様な傷跡だが、それを見たリンダは膝を着いて男の様子を伺う。



「やはりこの男も……とりあえず、屯所に連れて行きましょう」

「あの……その人、どうしたんですか?」

「……吸血鬼に噛まれたのですよ」

「吸血鬼?吸血鬼って……あの?」



リンダの言葉にナイは驚き、吸血鬼の存在はナイも知っていた。よく絵本などにも出てくる存在であり、人間に最も近い姿をした「魔人族」だと語られている――






――捕まった少女の親はすぐに駆けつけ、無事に親子は再会を果たす。娘を助けてくれた事に両親は深く感謝し、ナイ達にお礼を告げた。その後、捕まった男は屯所へと連行し、兵士に突き出す。


ナイは白猫亭に向かうつもりだったが、リンダの語る吸血鬼の事が気にかかり、彼女達に同行して屯所内に入る。リンダは警備兵にも顔が利くらしく、彼女が訪れるとすぐに一般区を任されている警備隊長が対応した。



「こ、これはリンダさん!!よくお越しくださいました、さあおかけになって下さい!!お付きの方も遠慮なく!!おい、早くお茶を用意しろ!!」

「いえ、お茶は結構です。それよりも引き渡した男性の身元と状態をお聞かせください」

「は、はいっ!!おい、報告しろ!!」

「分かりました!!では捕まえた男に関してですが……」



警備隊長よりもリンダの方が偉い立場の人間のように振舞い、その様子を見ていたナイは呆気に取られた。リンダはあくまでも王国騎士でもなければ兵士でもなく、あくまでもドリスに仕える人間である。


それでも黒狼騎士団の副団長であるドリスの部下という事で警備兵も気を遣い、自分達が調べ上げた報告書の内容を伝える。判明した事は捕まった強盗の男性は一般区に暮らすただの一市民であり、前科も確認されていない。



「男は独身で特に借金などもしておりません。男の知人から話を聞いたところ、普段は温厚でとても悪事に加担する様な人間ではないとの事です」

「そうですか……生活に困っているわけでもないのに私達を襲ったとなると、やはり例の事件と関わっているのでしょうか」

「その可能性が高いかと……男の傷口を調べた所、以前に拘束した犯罪者と同じ歯型だと判明しました」

「あの、それはどういう意味ですか?歯形って……まさか、吸血鬼の事を言ってるですか?」



ここでナイは口を挟むと、警備隊長と兵士は顔を見合わせ、リンダに顔を向ける。彼女はナイに話しても構わないと判断し、頷いて彼にも説明するように促す。



「実は……ここ最近、貴族や商人を狙った強盗が多発しています。そして犯人の殆どは一般人で首筋に噛みつかれた様な傷跡が残っているんです」

「え?多発って……なら他も噛まれた人がいるんですか?」

「確認出来る限りでは5名です。その全員が前科もなく、特に生活に困っている人間ではありません。そして全員の証言が一致しているんです、唐突に何者かに首筋を噛まれたと……」

「それが……吸血鬼ですか?」



現在の王都では強盗事件が多発し、その犯人全員が吸血鬼に噛まれた様な傷跡を残している事から警備兵は犯人が吸血鬼だと判断した。だが、ナイが気になるのは吸血鬼に噛まれた人間は吸血鬼になると絵本に記されていたが、それならば噛まれた人間は全員が吸血鬼になったのかと疑問を抱く。



「でも、吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になっちゃうんですよね。じゃあ、噛まれた人たちはもう吸血鬼になっちゃったんですか?」

「いえ、それは子供だましの嘘です。よく勘違いされますが、吸血鬼に噛まれた所で人間は吸血鬼にはなりません。吸血鬼はあくまでも人に近い姿をした魔人族です、人間とは異なる生物です」

「え?じゃあ、どうして噛まれた人たちはそんな事を……?」



リンダによると吸血鬼はあくまでも人間に姿が似た生物であり、人間とは異なる生き物だと説明する。しかし、吸血鬼は人を操る能力を持つ事も教えてくれた。

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