第596話 鋼の剣聖

「さてと、まずは屋敷に戻ろうかな……あ、そういえば白猫亭がもうすぐ完成すると言ってたし、ちょっと寄ってみようかな?」



冒険者ギルドにてナイはアルトの屋敷に戻る前に白猫亭の事が気になり、立ち寄る事にした。改装はもうすぐ終わるという話をヒナから聞いており、白猫亭が再開したらナイ達もアルトの屋敷から出て白猫亭に戻る手はずだった。


新しくなった白猫亭がどんな場所なのかナイは楽しみに思いながらギルドから出て行こうとした時、扉が開いて外から全身を甲冑で覆い込んだ人物が現れる。巨人族らしく、その大きさにナイは驚く。



(うわ、でかい……それにこの人、多分すごく強い……)



ナイは巨人族を見た事は何度もあるが、今までに出会った誰よりも威圧感を感じた。その一方で扉を開いて中に入ってきた巨人族の冒険者はナイを見下ろすと、何かを感じ取ったのか声を漏らす。



『ほうっ……』

「えっと……すいません、ちょっと横を失礼しますね」



自分を見つめてくる巨人族の冒険者にナイは不思議に思いながらも横を通り過ぎようとすると、ここで巨人族の冒険者は何を思ったのかナイの肩を掴む。



『待て、お主は冒険者か?階級は?最近入って来たのか?』

「うわっ!?」



急に肩を掴まれたナイは驚き、その声を聞いて他の冒険者が視線を向けた。この時に冒険者の中から巨人族の冒険者に声を掛ける。



「あの、ゴウカさん……その子がどうかしたんですか?」

「あれ?その子供、さっきハマーンさんと一緒に居なかったか?」

「そうだ、確かアッシュ公爵とギルドマスターに呼び出されていた子だよな」

『ん?何だ、バッジを付けていないという事は冒険者じゃないのか?』



ギルド内の冒険者達もナイを見て不思議に思い、ゴウカはナイが冒険者のバッジを身に着けていない事に気付いて不思議そうに首を傾げる。冒険者はバッジを見える様に装着する義務があり、バッジを身に付けていないナイが冒険者ではないとここで気づく。


冒険者でもないナイがギルドに居る事にゴウカは疑問を抱き、彼はナイが背負っている二つの大剣を見ると、興味深そうに覗き込む。特に旋斧を見るとゴウカは何かを感じ取ったのか、自分の背中に背負っている漆黒の大剣に手を伸ばす。



『ほうっ……中々の業物を持っているようだな』

「え、あ、どうも……」

『人間の剣士は今までに見た事はあるが、二つの大剣を扱う剣士は見た事がないな。名前を教えてくれるか?』

「……ナイ、です」

『ナイ……聞いた事がないな』



ナイの名前を聞いてもゴウカは首を傾げ、王都で有名な人間の中にナイという名前の剣士はいない。ナイは都市内でも有名な存在だが、実は異名の方ばかりが有名で本名に関してはあまり知られていない。


しかし、ゴウカは一目見ただけでナイが只者ではないと悟り、それに彼の旋斧を見た時からゴウカは強い興味を抱く。そんなゴウカに対してナイは困り果て、先を急ぐ事を伝える。



「すいません、用事があるので失礼します」

『まあ、待て……そう言わずにもう少し話をしないか?』

「うわっ!?」



先を急ごうとするナイはまたもやゴウカに止められ、今度は両手で身体を掴まれて持ち上げられる。まるで小さい子供が大人に持ち上げられるように自分の身体を持ち上げたゴウカに流石にナイも抗議する。



「ちょっと、何ですか!?離してください!!」

『まあまあ、本当に少し話すだけでいいから……』

「もう、急いでるんです!!」

『ぬおっ!?』



いい加減に我慢の限界を迎えたナイは自分の身体を掴むゴウカを振りほどくため、力を込める。現在のナイの腕力は通常時でもレベル50以上の人間の力はあるため、無理やりに拘束から逃れる。


ゴウカは自分の両手を振り切ったナイに驚くが、すぐにナイは逃げる様に建物の扉を抜け出す。それを見たゴウカは慌てて彼を追いかけた。



『待ってくれ!!もう少し話だけ……ぬうっ!?何処に消えた!?』



しかし、ゴウカが扉を抜けると既にナイの姿は見当たらず、彼は驚いた様子で周囲を見渡す。いくら探してもナイの姿は見当たらず、彼は周囲を何度も探すがナイは完全に消えていた――






――冒険者ギルドを出た後、ナイは剛力の技能で脚力を強化させ、更に跳躍の技能を生かして近くの建物の屋根の上に移動を行う。冒険者ギルドからゴウカが出てくるのを確認すると、ナイは隠密を発動させて建物の煙突に陰に身を隠す。


いきなり絡んできたゴウカに対してナイは警戒心を抱き、何となくではあるがあれ以上にゴウカと一緒にいると危険な気がした。ナイはゴウカに気付かれない様に建物から下りると、急ぎ足で白猫亭へと向かう。



「何だったんだ、あの人……」



ナイはゴウカを見た瞬間、今までに出会った冒険者の誰よりも強い事を察知した。それほどまでにゴウカは強い気配を感じ、出来れば関わりたくはない相手だと考えた――

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