第595話 公爵家のメダル
「――それで話を戻すが、ハマーンよ。今回の一件に関して俺に言う事はないのか?」
「むっ……やはり、依頼を他の人間に任せた件か?」
「当たり前だ、仮にも黄金級冒険者が他人に仕事を任せるなど……これでは階級が下の冒険者達に示しがつかんぞ」
ギガンは大きなため息を吐き出し、珍しくハマーンも焦った表情を浮かべていた。今回のナイが引き受けた仕事は本来ならば冒険者であるハマーンが行うべき事であり、勝手に代理を立ててしかも冒険者でもないナイに任せた事にギガンは流石に見過ごす事は出来ない。
「黄金冒険者は冒険者の最高階級である事を何度も説明しただろう。お前は鍛冶師を本業としている事は承知しているが、それでも冒険者稼業を疎かにするような真似をして許されると思っているのか?」
「うむ……確かに今回の一件は儂も無責任すぎた。ナイよ、迷惑をかけてすまん」
「あ、いえ……気にしないでください」
「冒険者ギルドのギルドマスターとして私も謝らせてくれ。この度の一件、誠に申し訳ない……」
ハマーンとギガンはナイに深々と頭を下げるが、ナイとしてはいきなり謝られても困る。今回の一件はナイも魔石を受け取る事を条件に仕事を引き受けたため、別に本人は気にしていない。
確かにゴブリン亜種のせいで怪我を負い、危うく死にかけもしたが仕事の内容が魔物の討伐と聞いていた時点でナイも覚悟は抱いていた。魔物の討伐は命懸けの仕事になり、それを知った上でナイも仕事を引き受けているので文句などいえるはずがない。
しかし、アッシュに関してはそもそも今回の依頼の発端を作った人間であり、謝罪だけでは済まされない。そこでアッシュはナイのために迷惑をかけたお詫びとして金貨が大量に入った袋を差し出す。
「ナイ君、どうかこれを受け取ってくれ。今の私が出来るのはこれぐらいだが……」
「えっ!?いや、こんなにたくさんのお金なんて受け取れませんよ!?」
「遠慮は無用、今回の一件の発端は私の責任だ。どうか、気にせずに受け取ってくれ……そうだ、これも渡しておこう」
「え、それは……?」
アッシュは思い出したように一枚の金貨を取り出し、それを渡す。ナイは金貨を確認すると普通の金貨ではなく、アッシュ公爵家の紋様が刻まれていた。
「これは……?」
「貴族ならば必ず持つメダルだ。これを出せばアッシュ公爵家に深く関わりのある人間だと証明する事が出来る」
「へえ……あ、そういえば前に何処かで見た事があるような……」
「これを持っていれば君がアッシュ公爵家にとって重要な人間である事を証明できる。国内の街や都市に赴く場合はこれを見せれば無料で入られるようになるだろう。どうか遠慮せずに受け取ってくれ」
「えっ……でも、そんなに大切な物をいいんですか?」
「ああ、構わない……リーナも君の事を気に入っているようだからな」
「ん?」
ナイに公爵家のメダルを渡す際にアッシュはため息を吐き出し、その態度にナイは疑問を抱くが、このメダルを渡すという事はナイはアッシュに認められた存在である事の証でもある。
基本的にこのメダルを所持する事が許されているのは貴族の人間だけであり、それを外部の人間に渡すという事はその人間はメダルを持つ貴族と深い関りがある人物という証拠だった。
仮にナイがアッシュ公爵のメダルを所持していると知られた場合、どうして公爵家の人間が平民であるナイにメダルを渡したのか疑問を抱かれる。そして辿り着く答えはナイが公爵家に関りを持つ人物であり、どのような関係なのか疑われるだろう。その場合、リーナとナイの二人の関係が怪しまれる。
――実はリーナが最近イチノから戻った時にペンダントを身に着けるようになり、そのペンダントをナイが身に着けている事で二人を知っている人物からアッシュは色々と尋ねられていた。二人はどのような関係なのか、まさか恋人同士ではないのか、そんな事ばかりアッシュは聞かれて困っている。
アッシュとしてはまだリーナに嫁入りなど早いと思っているが、このメダルをナイが持っていると知られれば他の人間はナイがリーナと関係を築いており、そしてアッシュはそれを公認していると勘違いされるだろう。
仮にアッシュが否定しても他の人間達はリーナとナイの関係を怪しみ、二人が既に親密な間柄だと思い込む。そしてアッシュの家系の人間は代々公爵家でありながら平民と結婚する事が多い。
実はアッシュの母親も平民であり、彼の叔母も平民の男性と結婚している。そのためにアッシュ公爵家は貴族の中でも特異な存在として認識され、そんな家系の人間であるリーナが平民であえるナイと結婚してもおかしくはない。
(くっ……まるで娘を嫁に出す気分だ。いや、別にメダルを渡すだけで結婚を認めたわけではないが……)
ナイにメダルを渡す際はアッシュは無意識に指が震え、受け取ろうとするナイも中々離さないアッシュに戸惑うが、一応はメダルを渡される。ナイは貰ったメダルを失くさないように気を付け、大切に保管する事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます