第527話 制限時間
――かつてはホブゴブリンも赤毛熊のナイにとっては命を懸けて倒した強敵であった事は間違いない。だが、それはあくまでもかつての話であり、現在のナイと子供の頃の彼との間には大きな力の差が存在する。
赤毛熊を殴り殺した事に関してはナイ自身に驚きはなく、今の自分ならばその程度の事は出来ると確信があった。やはりというべきか、先日のゴブリンキングとの戦闘でナイは確実に力を増していた。
(ゴブリンキングの経験値……手に入っていたのか)
ゴブリンキングがナイを踏みつけた時、彼は岩砕剣でゴブリンキングの足を貫いた。既にゴブリンキングは首を切られ、生きているのも不思議な状態だったが、まさか皮肉にも最後の力を振り絞った攻撃によってナイの反撃を受けて死んだらしい。
あの時はナイ自身も気づかなかったが、どうやらゴブリンキングを倒した事で経験値を入手し、その影響で技能が更に強化されていたらしい。だからこそ両手で大剣を扱えるようになり、そして今では赤毛熊を殴り殺せる力を手に入れた。
(強化術が切れるまであと20秒……それまでやれる事はやろう)
いくら肉体を強化したといっても強化術の発動時間は限られており、その間にナイは1匹でも多くのホブゴブリンを仕留めるために手放していた大剣の元へ戻り、拾い上げる。その光景を見て他の者達は声を掛ける事が出来ず、その一方でホブゴブリンの群れはナイに圧倒されていた。
「お、おい……大丈夫か?」
「あと、15秒……」
「えっ?」
ガオウは声を掛けると、ナイは自分の強化術の発動時間を口にし、時間が切れるまでの間にホブゴブリンを仕留めるために動き出す。その移動速度は凄まじく、目にも止まらぬ速度でホブゴブリンの群れに突っ込む。
「はああっ!!」
『グギャアアアッ!?』
二つの大剣を繰り出して一度に十数体のホブゴブリンを吹き飛ばし、次々と要塞内のホブゴブリンを切り刻む。その圧倒的な力を前にして討伐隊の面々も呆気に取られ、動きを止めてしまう。
強化術が切れるまでにナイは1匹でも多くのホブゴブリンを仕留めるために動き、次々と切り付けていく。この際に両手の大剣が血に染まり、ナイ自身も返り血を浴びる。
「ふんっ!!」
「アガァッ!?」
背後から襲ってきたホブゴブリンに対してナイは振り返りもせずに正確に岩砕剣を突き刺し、顔面を貫く。そして大剣にホブゴブリンの肉体を貫いた状態で力任せに振り抜き、死骸を他の仲間の元へ放つ。
「10秒……」
「グ、グギギッ……!!」
「グギィッ……!!」
残り時間が10秒を切る頃にはホブゴブリン達は恐れを為してナイに近付く事すら出来ず、中には逃げようとする個体もいた。しかし、唯一の出入口は討伐隊に塞がれており、それにナイが逃がすはずがない。
強化術が完全に切れるまでにナイは両手の大剣を構え、逃げ出そうとするホブゴブリンへ向かう。その血塗れのナイの姿を見たホブゴブリン達にとっては彼が「死神」のように見えただろう。
「あと5秒……!!」
「グギャアッ!?」
「グギィッ!?」
「ギャアアッ!?」
残り時間が数秒に迫るとナイは更に動きを加速させ、次々と切り裂く。既に自分が何十体のホブゴブリンを切り裂いたのかも分からず、視界も歪む。
「グギィイイッ!?」
「逃がすか……」
視界の端に逃げ出すホブゴブリンを発見したナイは左腕を構え、フックショットを発動させた。その結果、逃げ出そうとしたホブゴブリンの背中にミスリルの刃が突き刺さり、強制的に鋼線を引き寄せてホブゴブリンを引きずり出す。
「グギャアッ――!?」
「がああっ!!」
フックショットで引き寄せたホブゴブリンの首をナイは旋斧で切り裂くと、そこで強化術が切れてしまい、彼は片膝を着く。周囲にはホブゴブリンの死骸の山が出来上がり、ナイは息を荒げながらも魔法腕輪に嵌め込んだ聖属性の煌魔石から魔力を引き出す。
煌魔石にはモモがナイのために1日も費やして魔力を溜めこんでおり、彼女の暖かな魔力が体内に流し込まれ、再生術を発動させてナイは肉体を回復させる。時間的には数秒程度でナイは肉体を回復させる事に成功した。
(凄い……暖かいな。まるでモモに回復してもらっているようだ)
モモは回復魔法を習得してはいないが、彼女は魔操術で他人に魔力を分け与える事が出来る。煌魔石から流れ込む彼女の魔力を感じてナイはまるで自分の傍にモモが居て彼女に回復させてもらっているように感じた。
(よし、身体の感覚が戻った。これで戦える……あれ?)
ナイは再生術で回復して立ち上がると、改めて周囲を見渡す。だが、ナイの視界に映し出されたのは武器を下ろした状態の討伐隊の面子だけであり、何故か若干警戒した様子のアッシュが告げた。
「敵は……もういないぞ」
「えっ……?」
アッシュの言葉にナイは周囲を振り返ると、要塞のあちこちにホブゴブリンの死骸が横たわっており、いつの間にか彼は自分がホブゴブリンを全て始末していた事に気付く――
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