第486話 運命に抗う
『ナイ、貴方だけは行かせません……もう私は誰も死なせたくないのです』
『ヨウ先生……』
『グルルルッ……!!』
『えっ……ビャク?どうしたの?』
この時にビャクは唸り声をあげ、街の外から聞こえてくる巨人の鳴き声を聞いた時から様子がおかしかった。何時にないほどの怒気を滲ませ、その気迫に他の者は戸惑う。
――ナイでさえもビャクの怒りは理解できないが、実を言えばビャクはこの巨人の鳴き声には聞き覚えがあった。かつて自分が家族と暮らしていた時、この声の主と遭遇して彼は両親を殺された。
両親の仇が街の外に現れた事にビャクは勘付き、今にも駆け出しそうな様子だった。それを見たナイはビャクを落ち着かせようと手を伸ばす。
『ビャク……』
『クゥンッ……』
主人であるナイの言葉にビャクは反応し、彼は悔しそうな表情を浮かべていた。仇が近くに居る事に気付き、彼は今にも駆け出して仇を討ちたいと思っている。その姿を見たナイはかつて赤毛熊にアルを殺されたばかりの頃の自分の姿と重ねる。
アルが死んだ後、ナイは仇を討つために狂ったように岩石を叩き壊す訓練を行い、疲れた時は川で顔を洗い流した。その時に水面に映った自分の顔は怒りと憎しみで歪んでいた事を思い出し、現在のビャクもそうであった。
『ビャク……お前も、そうだったのか』
『ウォオオオンッ!!』
ビャクは咆哮を放ち、その声は怒りを感じさせたが、同時に悲しみの声にも聞こえた。ここでナイがビャクを止めても無駄であると悟り、そしてこのまま彼を一人で行かせるわけにはいかない。
(ゴマンも……こんな気持ちだったのかな)
ナイは赤毛熊を倒しに夜に村を出ようとした時、ゴマンと遭遇した。その時は彼に反魔の盾を渡され、ゴマンは自分が付いていっても役に立てない事を知っていて家宝である盾を貸してくれたのだ。
反魔の盾を目にしたナイはビャクに視線を向け、ここで彼を止める事は出来ない。だが、彼だけを行かせたらまた自分は後悔する事になると確信を抱く。まだ声だけしか確認していないが、火竜やゴーレムキングと相対した時のように本能が危険を知らせる。
『どうやら我々も戻らねばならぬな……』
『ええ、そうですわね。ですけど、ナイ君は……』
『……ここへ残った方が良いだろう』
『えっ!?そんな……』
『ヒイロ……ナイを死なせるわけにはいかない』
ヨウの予知夢を聞かされた他の者達はナイをこの場へと残し、自分達だけが戦いに向かおうとする。ヒイロは戦力的に考えてもナイが居た方が心強いのだが、彼が死ぬ未来を見えたヨウの話を聞かされては連れて行くわけには行かない。
だが、ナイはビャクを前にして考える。本当に自分がここへ残るべきか、このままビャクと他の者に行かせていいのか、そして考えた末にある事を思い出す。
『ヨウ先生……確認したいことがあるんですけど、いいですか?』
『えっ?』
ナイはヨウへと振り返り、彼女からある事を尋ねる。その質問に対してヨウは戸惑いながらも頷き、ナイを引き留めようとした。
『行ってはなりません、貴方を行かせてもしも死んでしまったら私は……』
『ヨウ先生、その予知夢は悪夢なんかじゃありません』
『えっ……?』
『先生が見る夢は正夢になるかもしれない……けど、それが本当に悪夢かどうかを決めるのは先生じゃない。きっと、僕なんです』
『ナイ……貴方は何を行って……!?』
ヨウはナイの言葉の意味を理解できなかったが、ナイはビャクに視線を向けると彼は意図を察したように態勢を屈め、ナイは背中に乗り込む。そして彼はヨウへ向けて言い放つ。
『ありがとうございます、先生!!夢の事を教えてくれて……これで俺は絶対に死にません!!』
『えっ……!?』
『ナイさん!?駄目ですわ、貴方はここへ残って……』
『この場所は、俺の大切な人が暮らす街です!!それを滅ぼそうとする存在を許せません!!』
『ナイ君!?駄目だ、止まれっ!!これは命令だぞ!?』
他の人間の制止を振り切ってナイはビャクを走らせ、その姿を見た者達は慌てて引き留めようとした。しかし、本気で移動を行う白狼種に速度で勝る存在はここにはおらず、そのまま二人は街中を駆け抜けた。
走り去るナイの姿を見てヨウは必死に手を伸ばして声を上げようとした。だが、最後に言い残したナイの言葉は彼女の胸に響き、どうしても「行くな」という言葉が出せなかった。その代わりにヨウは別の言葉を無意識に発していた。
『――生きて……戻ってきなさい!!』
『はいっ!!』
『ウォオオオンッ!!』
別れ際のヨウの言葉にナイは元気よく返事を返し、そして誰よりも早くに街の外へ飛び出して巨人と相対した――
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