第471話 リノの正体

――夜を迎えてから数時間が経過し、街の中心部には生き残った冒険者、民兵、そしてリノが率いる王国騎士が集まっていた。殆どの一般人の避難は終わっているが、残された彼等は疲労困憊の状態だった。



「王子様、奴等は警戒しているのか迂闊に近づいてくる様子がありません。しかし、いずれは……」

「ああ、分かっている……これが最後の戦いになるだろう」

「……今からでも遅くはありません、どうかお逃げください」



数時間も戦い続けた影響で流石のリノも立ち上がる事が出来ず、座り込んだ状態のままシノビの報告を聞く。結局、彼はリノを置いて先に逃げる事など出来ず、妹のクノと共に街に残っていた。


リノから受け取ったペンダントは所持しているが、これだけを持って帰ったとしても、そもそも国王がまともに話を聞き入れてくれるとは思えない。下手をしたらリノが死んだ後にペンダントを奪われたのではないかと誤解される可能性もある。だからこそシノビはリノの元を離れず、説得を諦めない。



「今ならば奴等に気付かれず、ここにいる全員で逃げ延びる事が出来ます。既に一般人も避難に成功しています。今のうちに撤退を……」

「駄目だ……急に私達までいなくなれば奴等は怪しむだろう。そうなれば街を調べて下水道の存在を知られるかもしれない。いや、下手をしたら街の外に繰り出して逃げ出した人間の後を追うかもしれない……だから、私達はここへ残らなければならない」

「王子は十分に役目を果たされました!!ここで退いても誰も文句は言いません、貴方は生きなければなりません!!」

「……それでは駄目だ」



シノビが説得してもリノは聞き入れず、ここで彼女は兜を外し、鎧を取り外す。その行為に全員が驚くが、鎧の下の姿を見て誰もが驚愕した。



「ここで逃げれば……母上に合わせる顔がない」

「リノ、王子……!?」

「えっ……ど、どうなってるんだ!?」

「王子様、いけませぬ。その姿を晒しては……」

「いいんだ……死ぬときぐらい、せめて本当の姿でいたい」




――鎧を脱いだリノは制服の胸元の部分が膨らんでおり、その姿を見た冒険者や民兵は驚愕した。の正体は王子ではなく、実はこの国の王女だったのだ。




今から十数年前、まだリノが生まれたばかりの頃、当時の王国は隣国である獣人国と敵対していた。これまでに王国と獣人国は幾度も争い、領地を奪い合う。


だが、ある時に王国の国王の元に獣人国の使者が訪れ、両国の関係を良好化させるために縁談を申し込む。しかし、その内容があまりにも突飛過ぎた。獣人国の国王は王国の王妃が子供を産もうとしている事を知り、その子供が娘だった場合は自分の息子と結婚して欲しい事を伝える。


まだ生まれておらず、しかも女児とは限らないのに獣人国の国王が縁談を申し込んできたときは国王も困惑した。しかも獣人国の国王は老齢であり、その息子たちも一番若い者でも30歳は超えていた。


明らかに今回の縁談は政略結婚であり、獣人国の国王の元には女児がいないため、第一王子のバッシュと結婚させる事は出来ない。だが、新しく生まれてくる王妃の子供が女児の場合、両国の王子と王女が結婚させれば両国は親戚関係を結べる。そして生まれてきた子供は女児であった。




リノが生まれた際、国王は非常に悩んだ。彼女を獣人国の王子と結婚させれば王国と獣人国は親戚関係となり、もう争う事はなくなる。しかし、結婚相手になる王子は30歳も年を離れており、しかも獣人国側の要求は王女は自分達の国で暮らす事が条件である。


まだ生まれたばかりの王女を獣人国に送り込み、しかも人質として生活させ、更には30歳も離れた男の妻として生きていかなければならない事に国王も王妃も反対した。だが、今回の獣人国の縁談を断れば王国と獣人国は関係は悪化してしまう。




そこで苦肉の策として国王は生まれてきた子供を男児であると発表し、残念ながら獣人国の要求は受け入れない事を伝えた。だからこそリノは生まれた時から男児として扱われ、自国内でも彼女が本当は王女である事を知っているのは側近の騎士だけである。


結局は獣人国との縁談は回避されたが、後に国王が代替わりした後に新しい国王が正式に王国に同盟を申し込む。これによって両国の関係は悪化せずに済んだが、その反面にリノは正体を明かす事が出来ず、生涯を王女ではなく王子として暮らさなければならなかった――






「ま、まさか王子様が王女様だったなんて……」

「全然知らなかった……」

「すまない、皆……騙すような真似をして悪かった。だが、もう私は疲れたんだ……自分を偽り続ける事に」

「リノ王子……」

「…………」



生まれた時から王子として振舞い、他人を偽り続ける人生にリノは疲れ、せめて死ぬときはありのままの自分を知ってもらいたいと思った。彼女の正体は薄々とクノとシノビも勘付いていたが、まさかこの状況で明かすとは思わず、シノビは何も言い返せない。

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