第428話 出発当日
――早朝、アルトの屋敷にてナイは目を覚ますと、久々によく眠れた気がした。身体を起き上げると、裏庭の方で眠っているビャクを起こすために彼の元へ向かう。
「ビャク、起きてる?」
「クォオッ……」
横たわっていたビャクに声を掛けると、ビャクは眠たそうに欠伸を行い、顔を激しく振って眠気を吹き飛ばす。遠征の際はビャクも同行するため、ナイは彼の頭を撫でる。
「一緒にドルトンさんたちを助けよう」
「ウォンッ!!」
ビャクはナイの言葉を聞いて力強く頷き、改めてナイは部屋へと戻ると装備を整える。旋斧と岩砕剣も背中に背負うと、部屋の扉がノックされてヒナとモモの声が響く。
『ナイ君、ご飯だよ〜』
『出発までまだ時間はあるでしょう?一緒に食べましょう』
大分早い時間帯なのだが、どうやら二人ともナイのために朝食を用意してくれたらしく、有難くナイは出発する前に朝食を味わう事にした――
――食堂に赴くとそこには既にヒナとモモの他に屋敷の使用人も並んでおり、机の上には食事が用意されていた。ナイはヒナとモモに挟まれる形で座り込むと、ここでテンの姿が見えない事に気付いた。
「あれ、テンさんは?」
「それが昨日から戻ってないの……一応、白猫亭にも戻って見たんだけどいなかったわ」
「何処に行っちゃったのかな……でも、きっと戻ってくると思うよ」
「そっか……」
昨日のイリアとのやり取りでテンが何を思ったのかは分からないが、出発前には戻ってくる事を信じてナイは先に食事を頂く。
最初の内はヒナとモモと雑談しながら食べていたが、出発の時刻が近付くにつれて二人とも無口になり、やがて意を決したようにモモは尋ねる。
「ねえ……ナイ君は王都に戻ってくるんだよね?」
「え?」
「その……イチノという街で困っている王子様を助けた後はナイ君も王都に戻ってきてくれるんだよね」
「モモ……」
モモの不安そうな言葉にヒナは彼女に視線を向け、改めてナイの顔を伺う。ナイにとってはイチノは自分の故郷の次に思い入れがある場所であり、もう彼は王都に戻ってこないのではないかとモモは不安を抱く。だが、そんなモモの気持ちとは裏腹にナイは不思議そうな表情を浮かべ、平然と答える。
「勿論、戻ってくるよ」
「ほ、本当に!?そのまま帰ったりしないの?」
「いや……帰らないよ。そもそも帰っても誰もいないし、それにここでまだやり残した事があると思うんだ」
「そ、そっか……えへへ、戻ってくるんだ〜」
「良かったわね、モモ!!」
ナイの言葉を聞いてモモは安心した様に微笑み、ヒナの方も安堵した。ここでナイが戻らないと言い出したらどうしようかと思ったが、ナイとしてはイチノへ引き返して暮らす理由がない。
ドルトン達の事は心配だが、ナイが旅に出た目的は自分が何をしたいのかを探すためであり、その答えはまだ見つかっていない。そしてその答えはこの王都で見つかるような気がした。
(居場所、か……)
昨日のテンとイリアの会話を思い出したナイは自分が求めているのは「居場所」ではないかと考える。自分の事を必要としてくれる人たち、そして自分も必要とする人達がいる場所、それこそがナイが探し求めていた物かもしれない。
王都へ訪れてから色々な事は合ったが、時には大変な事態に巻き込まれたりもしたが、それでもナイにとっては楽しい日々だった。その日々を守るためにもナイは生きて戻る事を誓う。
「そろそろ時間ね……行きましょうか」
「ううっ……ナイ君、絶対戻ってきてね」
「大丈夫、必ず帰ってくるよ」
モモはナイの腕に抱きつき、別れを寂しがる。そんな彼女にナイは頭を撫でてやると、ここで外で待機しているビャクが鳴き声を上げる。
『ウォンッ!!ウォンッ!!』
「ビャク?どうしたんだろう……」
「あ、もしかしてテンさんが返ってきたのかしら?それを知らせようとしてくれたりして……」
「じゃあ、迎えに行かなきゃっ!!」
ビャクの声を聞いたナイ達は外へ向かうと、屋敷の出入口の前に立っている人物を見て驚きの声を上げる。
「よう、あんた達……待たせたね」
「テンさん!!良かった、戻ってきて……え?」
「えっと……その人たち、誰?」
「その顔、どうしたの!?」
屋敷の外に待ち構えていたのはテンであり、彼女は何故か両頬が赤く腫れていた。まるで誰かに何度もビンタを受けたような跡が残っていた。
しかも彼女の傍にはテンと同世代ぐらいだと思われる女性たちが立っており、一人一人が只者ではない雰囲気を纏っていた。眼帯を身に付けた人間の女性、額に傷を持つ巨人族の女性、エルマのように若々しい外見の森人族の女性が立っていた。3人とも只者ではない雰囲気を発しており、テンは彼女達の事を紹介する。
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