第388話 二つの魔剣

――時は数十秒前まで遡り、土煙によって身を隠したナイはビャクが火竜の注意を引いている間、自分も火竜に接近を試みる。この際にナイは「隠密」「無音歩行」の技能を生かして巧みに気配を殺しながら近付いた。



(よし、気づかれていないな……もう少しだけ頑張ってくれ、ビャク)



存在感を消しながら足音も立てずにナイは岩などに身を隠しながら近付き、俊足や跳躍の技能も役立つ。無音歩行と同時に発動させればどんなに速く移動しても足音を立てる事はない。


但し、同時に4つの技能を使用する事はナイにも負担が掛かり、体力を削られていく。だが、一瞬でも気を抜いて火竜に気付かれでもしたらナイの命はない。



(あっ!?)



火竜の元まであと少しというところまで辿り着くと、ビャクが火竜の尻尾を受けて吹き飛んでしまう。その光景を見てナイは危うく集中力が乱れて技能を解除しそうになるが、立ち直したビャクを見て安堵する。



(時間がない……ここでやるしかない!!)



火竜がビャクに追撃を仕掛ける前にナイは岩砕剣を引き抜き、まずは厄介な火竜の尻尾を狙う。この際にナイは全力で切りかかるため、強化術を発動させた。


全身の筋力を限界まで強化させ、魔法腕輪から地属性の魔力を引き出し、岩砕剣に送り込む事で重量を増加させる。その状態でナイは岩砕剣を構え、全力で振り下ろす。



「うおおおおっ!!」

「シャアアアッ!?」



火竜の悲鳴と血飛沫が舞い上がり、見事にナイの岩砕剣は火竜の尻尾に食い込んだ。並の魔法金属よりも硬度を誇る尻尾に岩砕剣が食い込むが、切断までには至らない。



(硬いっ……けど、まだだっ!!)



岩砕剣だけでは切れないと判断したナイは反射的に背中に背負っていたもう一つの武器に手を伸ばす。左手で岩砕剣を抑えながらナイは右手で旋斧を引き抜き、こちらにも地属性の魔力を送り込む。



「ぶった切れろぉっ!!」

「アギャアアアッ!?」



岩砕剣の刃に旋斧が叩き込まれた瞬間、旋斧の刃から重力の衝撃波が放たれ、尻尾に食い込んだ岩砕剣を更に押し寄せる。その結果、尻尾は見事に切り裂かれて火竜は悲鳴を上げる。


二つの魔剣を同時に使用してどうにかナイは尻尾を切り裂く事が出来たが、喜んではいられない。尻尾を切断された火竜は苦痛に耐えながらもナイに攻撃を仕掛けた。



「シャアアアッ!!」

「くぅっ!?」



踏みつぶそうとしてきた火竜に対してナイは咄嗟に左手に持っていた岩砕剣を地面に突き刺し、身を伏せる。その結果、火竜の足は地面に突き刺さった岩砕剣を踏みつけ、そのまま地面い追い込む。



「シャアアッ……!!」

「うおおっ!?」



岩砕剣だけでは抑えきれず、ナイは旋斧を両手で構えて火竜の攻撃を耐える。しかし、力の差は歴然で徐々にナイは地面に押し込まれていく。


この時のナイの危機に動いたのはビャクであり、まだ先ほど吹き飛ばされた時の影響で身体は思うように動かないが、主人を救うために駆け出す。



「ウォオオンッ!!」

「アガァッ!?」



ビャクは火竜の首元に目掛けて噛みつき、そのまま食いちぎろうとした。火竜は首元を噛まれた際に怯み、ナイから足を離す。この時に岩砕剣は刃の根本近くまで地面に埋まり、ナイ自身も攻撃に耐えるので精いっぱいで地面に横たわっていた。



「グゥウッ……!!」

「シャアアアアッ……!!」



首に噛みついたビャクは食いちぎろうと牙に力を込めるが、火竜は首すらも魔法金属のような硬度を誇る鱗に覆われており、加速していないビャクの牙では食い込む事さえできない。


火竜は首に噛みついたビャクを振り落とすために身体を震わせ、遂にビャクは牙を離してしまう。その一瞬のスキを逃さずに火竜はビャクを叩きつける。



「シャアッ!!」

「ギャインッ!?」



ビャクは火竜に噛みつかれると、地面に叩きつけられる。ビャクは血反吐を吐き、噛みつかれた箇所に血が滲む。いくら白狼種の毛皮が外部からの衝撃に強いと言っても限界があり、ビャクは地面に倒れ込んだまま動かなくなった。


そのまま火竜はビャクを踏みつぶそうとしたとき、切り裂かれた尻尾に衝撃が走る。何事かと火竜は振り返ると、そこには尻尾の切断面に旋斧を食い込ませるナイの姿があった。



「ビャクから、離れろぉっ!!」

「ギャアアアッ!?」



火竜の頑丈な肉体に損傷を与えるのは難しいが、既に破損した箇所ならば関係ない。切断面に刃を突き刺したナイは血走った目で睨みつけ、その姿に火竜は驚愕する。


人間など火竜からすれば矮小な存在にしか過ぎず、それこそ昆虫程度と大差ない存在だった。だが、この人間は自分の尻尾を切るばかりか踏みつぶそうとしても死なず、それどころか隙を見せれば攻撃を仕掛ける危険な存在だと認識した。

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