第364話 認めるしかあるまい
「――何という事だ、陛下。あの者は起き上がりましたぞ」
「…………」
試合場で起き上がったナイを見て貴賓席にいた者達は動揺を隠せず、試合自体は既に引き分けだと宣告されているが、これが実戦であるならばナイは今すぐに気絶しているリーナに止めを刺せる。
試合は引き分けでも勝負は先に起き上がったナイの勝利である事は間違いなく、それを見た国王は頭を抑え、ため息を吐き出す。
「アルトに伝えよ、岩砕剣の所有権はあの少年に託すとな」
「陛下?」
「……流石の儂もあれを見せつけられては認めざるをえまい」
国王は試合場を示すと、ナイが気絶しているリーナに対して回復魔法を施していた。自分が追いつめられたにも関わらず、彼女の治療を行うナイに国王は苦笑いを浮かべた。
(自分も立っているのがやっとだろうに……そう言う所も妻と似ているな)
亡くなった王妃も自分が負傷した状態でも、仲間が怪我をしていれば自分よりも優先して治療を行う性格をしていた。その事を思い出した国王は笑みを浮かべ、宰相を引き連れて戻る事を告げた。
「宰相、戻るぞ」
「はっ……では皆様、先に失礼します」
「バッシュ王子、私達も……」
「ああ……」
「…………」
全員が試合場に視線を向け、この時にバッシュはナイの姿を見てある疑問を抱く。それは彼が怪我を治したのは再生術を使用したのは分かるが、いくら何でも怪我の回復が早過ぎる。
――ナイ程ではないが、バッシュも魔操術の応用である再生術を扱う事は出来る。再生術を利用すればある程度の怪我を治す事は出来るが、ナイの場合は回復速度が尋常ではない。
あのテンでさえもナイのように肉体を回復させる事は出来ず、そもそも魔力の消費量が大きいので大抵の人間は再生術を利用する時はせいぜい応急処置程度の治療しか行わない。
再生術を使用すれば回復力は高まるが、反面に魔力を多大に消費する。しかも魔力を消耗すれば精神力も体力も削られてしまう。そのため、普通の人間の場合は再生術で怪我の完治まで治療を行う事はあり得ない。
(……あの時、ナイは強化術を発動させていた。その後に再生術だと?いくらなんでも魔力が持つはずがない、何か仕掛けがあるのか?)
バッシュはナイの魔力が尽きなかった理由が気にかかり、後で弟にその辺の事情を聞こうかと思いながらその場を後にした――
――試合の終了後、闘技場の治療室にて試合で敗北したリーナは目を覚まし、彼女は自分がベッドの上に横たわっている事に気付いて驚いた様に上半身を起こす。
「あ、あれ!?ここって……」
「やっと起きたか、心配したぞ」
「あ、お父さん……という事は、僕は負けたの?」
リーナの傍にアッシュが待機しており、彼は娘が目を覚ました事に安堵するが、リーナは自分自身を指差して信じられない表情を浮かべる。
アッシュはリーナの言葉に肯定するように頷くと、リーナは自分の掌を見つめ、やがて目元を抑える。彼女は悔しいのか涙を流し、そんなリーナにアッシュは慰めるように肩に手を置く。
「よく、頑張ったな」
「……止めてよ、もう子供じゃないんだから」
「そういうな」
自分の頭を撫でてくるアッシュに対してリーナは腕を振り払おうとするが、アッシュは手を止めない。リーナは涙を拭いて自分の傍に立てかけてある槍に視線を向け、呟く。
「ごめんね、蒼月……」
リーナの所有する「蒼月」は公爵家に伝わる家宝であり、特殊な魔法金属で構成されている。ナイの所有する魔剣と同様に能力を持つ魔槍だが、試合では蒼月の力をリーナは引き出す事が出来なかった。
彼女の魔槍は特別で無暗に能力を扱う事は出来ず、その事がリーナの心残りであった。彼女は先ほどの試合で手加減したつもりはないが、かといって全力を出し切れたとは言えない。
(今度は……負けない)
リーナは次にナイと戦う事があれば自分が今度こそ勝つと誓い、そんな彼女の想いに反応するように蒼月の刃は一瞬だけ光り輝いた――
――同時刻、グマグ火山の方にも異変が生じていた。火山の火口にて火属性の魔石を摂取し、成長を告げていた大型ゴーレムの前に巨大な生物が立ちはだかる。
ゴォオオオオッ……!!
目の前に現れた巨大生物に対して大型ゴーレムは威嚇を行い、それに対して巨大生物は大型ゴーレムを上回る声量で怒鳴り散らす。
シャアアアアアッ……!!
火口に出現した巨大生物は全身が赤色の鱗に覆われた魔物であり、背中には翼を生やし、あらゆる物を噛み砕きそうな鋭利な牙、鋼鉄さえも切り裂く爪、並大抵の生物ならば見ただけで恐れを為す恐ろしい形相の生物だった。
大型ゴーレムの前に現れたのは、この火山の主にして災害の象徴ともいわれる竜種の中でも有名な存在「火竜」だった。その火竜が遂に自分の住処を侵す大型ゴーレムの排除のために目を覚ます――
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