閑話 〈リンとドリス〉

――ナイとの試合を終えた後、リンは鞘の修復のために工場区へと赴く。魔剣を収める鞘は魔法の力を抑え込む特別な魔法金属のため、修理するには並大抵の鍛冶屋では出来ない。


彼女が行きつけの鍛冶屋はこの王都で一番と有名な鍛冶師であり、現役の黄金級冒険者を務める人物が経営者である。リンが王国騎士になった頃からの付き合いであり、彼が冒険者活動を行っている間は店の管理は弟子たちに任せている。



「失礼する。ハマーン殿はいるか……むっ」

「あら……リンさんではないですか」



店の中に入り込むと先客が存在し、それは黒狼騎士団の副団長のドリスであった。彼女の顔を見るとリンは眉をしかめ、ドリスの方も面倒くさそうな表情を浮かべるが、そんな彼女の元に数名の小髭族が訪れ、彼女の魔槍を渡す。



「どうぞ、ご依頼の品です。依頼通りに調整は終わりました」

「ありがとうございますわ」



小髭族の店員が数人がかりで運び出したのは真紅のであり、普通の人間ならば持ち上げるのに苦労するだろう大きさのランスをドリスは軽々と持ち上げる。


その様子を見ていた店員は驚いた表情を浮かべるが、ドリスはランスを握りしめると頷き、ここまで運んできてくれた店員に感謝の言葉を告げた。



「流石はいい仕事をしますわね。丁度いい具合ですわ」

「い、いえ……」

「では、私はこれで失礼しますわ」



ランスを手にしたままドリスは何事もなかったように立ち去ろうとしたが、リンとすれ違う際に彼女の壊れた鞘に気付き、意外そうな表情を浮かべた。



「あら、その鞘は……何かありましたの?」

「……お前に答える理由はない」

「気になりますわ、どうか教えてくださいませんか?」

「断る」



ドリスの言葉にリンは断固として答えず、そんな彼女の態度にドリスは眉をしかめ、不機嫌そうな表情でリンに詰め寄る。



「……どうやらお忘れのようですが、前回の勝負は私の勝ちですわ。ならば敗者は勝者を敬うべきでは?」

「ふざけるな、まだ私の方が勝ち越している」

「あらあら、何を言っているのですか?勝ち越しているのは私の方ですわよ!!」

「何だと……やるか!?」

「お、お辞め下せえっ!!」



ドリスとリンは睨み合うと、互いの武器を握りしめる。その様子を見ていた店員たちが慌てて間に割って入り、ドリスは興奮した様子でリンに告げた。



「ふんっ、今日の所は引いてあげますわ。ですけど、いずれあなたとは決着をつけないといけないようですわね」

「望むところだ!!」

「では、ごめんあそばせ!!また、寄らせてもらいますわ!!」

「あ、ありがとうございます!!」



店から去っていくドリスに対して店員は頭を下げ、その様子をリンは見送り、彼女は深いため息を吐き出す。



「……この鞘の修理を頼む」

「は、はい!!」



リンが鞘を渡すと店員は慌てて奥へと引っ込み、リンは去っていたドリスの事を思い浮かべながら苛立ちを隠せない。彼女とは同期なのだが、どうにも性格が合わない。お互いに騎士団の副団長になってからは立場を考えて喧嘩を控えるようにしていたが、少し前までは顔を合わせる度に剣を抜いていた。


ドリスもリンもお互いの事が気に入らず、互いにどちらが強いのかよく争う。それは武芸だけには拘らず、足の速さや力比べ、時には合同訓練で互いの隊員同士で競い合う。


この二人の関係は他の者も把握しているが、敢えて誰も咎める真似はしない。競い合いの精神は決して割る事ではなく、互いに切磋琢磨する関係だからこそドリスもリンもここまでの実力を身に付けた。


お互いに負けないために鍛錬を繰り返してきたからこそ、リンもドリスも大きく成長して遂には副団長の座に就いた。リンにとってドリスは好敵手であり、同時に弱みを見せたくない友人だった。



「あの女め……いつかぎゃふんと言わせてやる」



言葉とは裏腹にドリスは口元に笑みを浮かべ、その頃ドリスの方も同じような言葉を呟いていた。



「いつかきっと、参ったと言わせてあげますわ」



お互いに嫌い合っているようにみえて案外と似たような性格をしており、心の底では互いの実力を認め合っている。しかし、当人たちはその事を決して相手に話す事はない――





※ドリスとリンの関係はもっと辛辣にしようかと思いましたが、こっちの方が面白いと思いました。

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