第344話 貴賓席では……
――時刻は少し前に遡り、午前の部が終わって休憩時間を迎えると、闘技場には大勢の人々が集まっていた。彼等は午前の部の最後の試合で活躍したという「クロノ」という選手に興味を抱き、その中には黄金級冒険者も含まれていた。
「おう、お前さんも来ておったのか」
「あれ?爺さんも来てたんだ」
黄金級冒険者であるハマーンとガオウは闘技場の受付口で顔を合わせ、二人が集まった途端に他の人間は騒ぎ出す。なにしろどちらも黄金級冒険者であり、一般人の間でも知名度は高い。
「お、おい……あれ、武闘派鍛冶師のハマーンじゃないか!?」
「もう片方の男は……獣剣士のガオウじゃないか!?どうしてこんな所に……」
「ま、まさか試合に出るのか!?」
他の人間が騒ぎ出した事にハマーンとガオウは気づき、二人は面倒くさそうな表情を浮かべながらも話し合う。
「ここでは目立ってしまうのう、仕方あるまい……どうじゃ、貴賓席で少し話さんか?」
「別にいいよ、爺さんにまた仕事の話を頼みたいと思ってたから。という事で……貴賓席まで案内してくれる?」
「は、はい!!只今係の者をお呼びします!!」
黄金級冒険者の証である黄金製の冒険者バッジを二人が受付に提出すると、すぐに受付の男性は兵士を呼び出し、二人を丁重に貴賓席まで案内する様に指示を出す。
基本的には貴賓席は一般客の使用は禁じられているが、黄金級冒険者となると貴族と同等かそれ以上の扱いを受ける。黄金級冒険者は国にとっても重要で存在であるため、優遇されていた。
「お主はここへ来たのは理由はなんじゃ?」
「別に~なんか試合で面白い子が現れたと聞いたから観に来ただけだよ。そういう爺さんはどうなの?」
「儂か?儂はここで店をやっとるからのう、仕事がない時は暇つぶしも兼ねてよくここへ来るんじゃ」
「ああそういえば、爺さんは鍛冶師でもあったな……」
「何を惚けた事を言っておる。儂にとって冒険者稼業などただの副業じゃ、そもそもお主の武器も誰が作ってやったと思っておる」
「分かってるって……ただの冗談だよ」
ハマーンは優秀な鍛冶師であり、彼の本業は冒険者ではなく鍛冶師であることをはっきりと告げる。仮にも黄金級冒険者は国から優遇される立場であるにも関わらず、鍛冶師の方を本業と告げる彼にガオウは苦笑いを浮かべた。
「でも爺さん、冒険者が副業なんてあんまり大きな声で言ったらまずいんじゃないの?」
「ふん、生憎と儂はお主等と違って冒険者になったのは素材集めのためじゃ。黄金級冒険者になれれば禁止区域にも立ち入る事が許可されると聞いたから冒険者になったに過ぎん。それに今は儂自身が危険を冒さんでも契約した客が素材を集めてくるからのう……何時でも辞めて構わんわ」
「はあっ……まあ、爺さんが辞めようと辞めまいと俺には関係ないんだけどね」
ガオウはハマーンの話を聞いて呆れた表情を浮かべ、普通の冒険者ならば誰もが黄金級冒険者になる事を夢見る。しかし、ハマーンの場合は自分の都合のために黄金級冒険者を目指しただけに過ぎず、その目的を果たせた今となっては彼は黄金級冒険者に留まる事に決して固執しない。
ハマーンが黄金級冒険者になった理由、それは彼が鍛冶師として最高の仕事をするには最高の素材を集める必要があり、そのためには黄金級冒険者が都合が良かった。黄金級冒険者ならば国から優遇されるため、立ち入りが禁止されている区域にも立ち寄る事が許される場合もある。
この国には立ち入りが禁止されている地域が存在し、その地域には一般では出回らない希少な素材が手に入る。それを知ったハマーンは長い時を費やして自分自身が黄金級冒険者となり、彼は素材を集めてきた。
最も最近ではハマーンと専属契約を交わした冒険者達が彼の欲する素材を回収してくれているため、現在は実質的にハマーンは冒険者稼業を休止している。先日のギルドマスターの呼び出しの時は仕方なくギルドマスターの顔を立てて参加しただけに過ぎない。
「お主の方も例の仕事はどうなったのだ?ギルドマスターはお主にアルト王子の護衛を任せるつもりじゃろう」
「よく言うよ、爺さんが裏で俺に仕事を押し付けたんだろ。ギルドマスターとは古い付き合いだからって面倒事を押し付けて……」
「面倒事とはなんじゃ、王子の護衛など滅多に経験できぬぞ。それに儂とてアルト王子とは……」
「あ、あの……御二人とも、到着いたしました。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
二人の会話の際中に兵士が口を挟み、いつの間にか二人とも貴賓席の前の扉に立っていた。二人は会話を切り上げて貴賓席の扉を抜けると、既に試合は開始されそうになっていた。
「ほう、どうやら試合は始まりそうじゃな」
「さて、噂が本当かどうか……確かめさせて貰おうか」
ハマーンとガオウは目つきを鋭くさせ、試合場に視線を向ける。既に試合場にはトロールが兵士達に連れ出されており、それに向かい合うナイの姿を確認して二人は違和感を感じ取った。
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