第306話 剛剣の極意
「ふうっ、久しぶりに本気で戦ったけどやっぱり身体が鈍ってるね」
「あんなに動けたのに訛ってたんですか……?」
「まあ、あんたも大したもんだよ。その年齢でよくここまで鍛え上げたね……と、言いたい所だけど剣技の方はちょいとお粗末だね」
「うっ……」
「あんた、人から剣技を習った事はあるのかい?いや、あったとしても正統な流派の剣士から習った事はないんだろう?」
ナイと戦ってテンは改めて彼の剣技の荒さに気付き、ナイの扱う剣技は技術というよりも力の方に傾いている。腕力頼りに剣を振るっているように感じられたが、別にその事自体はテンも攻めるつもりはない。
「あたしも剛剣の剣士だからね。力に偏った剣技は嫌いじゃないし、そっちの方が性に合っている。だけどね、いくら力があろうとそれ以上の力を持つ存在が敵として現れた時、その敵に勝つ事は出来ないよ」
「それは……そうですね」
テンの言葉を聞いてナイは赤毛熊と二度目の交戦の時、圧倒的な力の前に呆気なく破れてしまった。そのせいでナイは大切な養父を失ってしまい、自分の力の無さを痛感させられた。
腕力任せの戦法では自分以上の腕力を持つ存在には勝てず、赤毛熊と戦った時はナイは普通の人間ならば考えられない鍛錬で力を磨き、赤毛熊を上回る力を得て倒した。だが、今後は赤毛熊を上回る存在と遭遇した時、ナイの力が通用するとは限らない。
「剛剣を得意とする剣士が強くなる方法は力を磨くか、あるいは腕力だけに頼らない技術を身に付けるしかないんだよ」
「腕力だけには頼らない……」
「あんたにその気があるのならあたしが唯一に扱える剣技を教えてやるよ」
「えっ!?テンさんの剣技!?」
「まあ、剣技なんて大層なもんじゃないけどね……強いて言うならば剛剣の極意という奴さ」
身体を休ませた事で体力を回復させたテンは起き上がると、彼女は退魔刀を握りしめる。そして全員の前で素振りを行った。
「はああっ!!」
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「ウォンッ!?」
軽く剣を振っただけで風圧が発生し、周りにいた人間は驚愕の表情を浮かべる。その一方でナイはテンの素振りを見て疑問を抱き、彼女は笑みを浮かべながら説明する。
「今のあたしの動き、よく見ていたかい?これがあんたの剣の振り方だよ」
「剣の……振り方?」
「あんたは腕力に任せて剣を振り回しているけどね、あたしからすればそんなのは剣に振り回されているだけだよ。本当の剛剣というのはね……全身の筋力を生かして振りかざすんだよ!!」
「っ――!?」
テンは今度は退魔刀を横向きに振り払うと、先ほどと比べても強烈な風圧が発生し、その光景を見たナイは驚きのあまりに声を出す事も出来なかった。
最初の素振りと比べても攻撃速度も発生した風圧も大きく違い、素人目から見ても明らかに二回目の攻撃の方が圧を感じた。最初の攻撃と二回目の攻撃がどう違うのか、ナイは冷静に分析を行う。
(二回目の素振り、全然迫力が違う……これがテンさんの本気なのか。いや、待てよ……そういえば爺ちゃんも似たような事を言っていたような気がする)
昔、まだナイが旋斧を扱い始めたばかりの頃、アルから剣の扱い方を教えてもらう。当時はまだ剛力を身に付けたばかりのため、まだ旋斧の重さに慣れずに上手く扱えなかった時、彼から剣を振る時のコツを教えてもらった。
『いいか、ナイ。この馬鹿みたいに重い武器を振る時は腕だけの力じゃなくて、全身の筋力を利用して振るんだ』
『全身……?』
『要は気合を込めて振ればいいんだよ!!こんな風にな!!』
アルは説明が雑だったのでナイは彼の言っている事はよく理解できなかったが、その時にアルが見せてくれた剣の振り方は今のテンと同じ動作だった。
テンとアルは力を頼りにした剣技、つまりは「剛剣」の使い手である事は共通しており、二人が剣を振る場合は腕力だけではなく、他の筋力も利用している。その一方でナイの場合は剛力で強化した状態の腕力だけで剣を振っていた。
腕だけの力で剣を振るよりも全身の筋力を利用して攻撃を行う方が威力も上がり、実際に強化術を発動させた時のナイは全身の筋力を強化して攻撃を行っている。ここでナイは剛剣の極意とは全身の筋力を余すことなく使用して剣を振る事だと知る。
(そうか……今まで僕は腕の力だけに頼り過ぎてたんだな)
剛力の戦技を覚えてからはナイは無意識に腕力だけを強化して剣を振る事だけの戦法を扱っていた。時には他の筋力を利用する機会もあったが、基本的には腕力任せの剣技で戦ってきた事を痛感する。
テンのお陰でアルの言葉を思い出したナイは起き上がると、改めて旋斧を構える。そしてテンとアルの動作を真似て自分も腕力だけではなく、全身の筋力を生かして剣を振り抜く。
「はああっ!!」
気合の雄叫びと共にナイは剛力を発動せずに全身の筋力を生かして剣を振り抜くと、今までと比べても素早く降る事に成功し、その様子を見ていたテンは笑みを浮かべた。
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