第242話 ミノタウロス

(あれが……ミノタウロス?絵本でもよく見かけるけど……本当に実在したのか)



ナイは檻の中に閉じ込められたミノタウロスに視線を向け、その外見を確認して冷や汗を流す。ミノタウロスは有名な魔獣であり、よく絵本の題材にもされる「魔人族」だった。


魔人族の中でもミノタウロスは知能が高く、更に戦闘力も高い。その強さは赤毛熊の比ではなく、先日にナイが倒したガーゴイルよりも人々に恐れられる存在である。



(なんて威圧感だ……これが本物のミノタウロスなのか)



檻に閉じ込められているにも関わらずにその姿を見ただけで人々は恐怖を抱き、魔物と戦い慣れしているナイでさえも圧倒されてしまう。




――檻の中に閉じ込められているミノタウロスは牛の頭と人間のような胴体を持ち合わせており、身長は2メートル近くは存在した。上半身は裸だが、下半身の方は毛皮で覆われており、筋骨隆々とした肉体だった。四肢には拘束具が取り付けられ、鉄球までぶら下がっている。




現在は眠っているのか目を閉じた状態で動かず、鼻息を鳴らしていた。恐らくは薬の類で眠らされていると思われるが、そもそもどうして王都の中に魔獣を運んでいるのかナイは気になった。



(ビャクを中に入れるときはあんなに注意されたのに……どうしてミノタウロスなんか受け入れてるんだ?)



檻に閉じ込められている時点でミノタウロスが明らかに人間に従う存在ではないのは明白であり、この王都では人間が飼育する魔獣でも厳しく取り扱われているはずなのにミノタウロスのような化物を堂々と街中に運び込まれている事にナイは疑問を抱く。


気になったナイはミノタウロスの様子を観察していると、この時にミノタウロスの身体が小刻みに震え始めている事に気付く。やがてミノタウロスは瞼をゆっくりと開くと、訝しむように首を振って周囲の様子を確かめる。



(目が覚めたのか……?)



瞼を開いたミノタウロスを見てナイは嫌な予感を浮かべ、その直後に彼の予感は的中した。意識を覚醒させたミノタウロスは憤怒の表情を浮かべると、怒りの咆哮を放つ。




――ブモォオオオオッ!!




街中にミノタウロスの咆哮が響き渡り、その声を聞いた街の住民は悲鳴を上げ、ミノタウロスの周りを歩いていた冒険者達は慌てふためく。



「くそ、もう起きたぞ!?」

「もう眠り薬の効果が切れたのか!?」

「おい、抑えつけろ!!檻が壊されるぞ!?」

「フンッ!!」



檻の中で目覚めたミノタウロスは自分の両腕と両足の拘束具に支援を向け、あろう事か鋼鉄製の拘束具を力ずくで破壊する。四肢が自由になったミノタウロスは檻に手を伸ばすと、そのまま力ずくで破壊しようとした。



「フゴォッ……!!」

「ま、まずい!!檻を壊す気だ!!」

「くそ、こうなったら仕留めるしかない!!」

「くたばれっ!!」



檻を破壊して脱走しようとするミノタウロスに対して冒険者の中から槍を手にした男が現れ、彼は檻の中のミノタウロスに向けて槍を放つ。その槍の先端を見たナイは男が装備しているのがミスリル製の刃である事に気付く。


ミスリルの槍を手にした冒険者は鉄格子を掴むミノタウロスに対して槍を突き出し、その胸元を貫こうとした。それに対してミノタウロスは避けもせず、正面から喰らう。



「くたばりやがれ!!」

「ブフゥッ……!?」



槍はミノタウロスの胸元に目掛けて放たれ、ミノタウロスの身体に衝撃が走った。それを見た他の冒険者達は声を上げ、誰もが槍が胸を貫いたと思った。



「や、やったか!?」

「仕留めたのか!?」

「うっ……さ、刺さらねえっ!?」



しかし、胸元に突き刺さったと思われた槍はミノタウロスの厚い胸板に阻まれ、貫くどころか突き刺さっていなかった。鋼鉄をも上回る硬度を誇るミスリルの刃でもミノタウロスの身体を貫けず、それどころかミノタウロスの怒りを買うだけだった。



「ブモォオオオッ!!」

「うぎゃあっ!?」

「や、やばい!!逃げろ!!」

「出てくるぞ!?」



ミノタウロスはミスリルの槍を振り払うと、力を込めて鉄格子を握りしめ、遂には檻を破壊して外に飛び出す。その光景を見ていた冒険者達は慌てて武器を構えるが、真っ先にミノタウロスは自分を閉じ込めていた檻を運ぶ馬車の荷車に手を伸ばす。


荷車を掴んだミノタウロスは信じられない事に荷車を持ち上げ、その光景を確認した冒険者達は顔色を青ざめた。荷車を持ち上げたミノタウロスは冒険者に向けて容赦なく投げ飛ばす。



「フゥンッ!!」

『うぎゃあああっ!?』



冒険者達は慌てて逃げようとしたが、地面に叩きつけられた荷車は崩壊し、その破片が彼等へと襲い掛かる。10人はいた冒険者達はミノタウロスの攻撃によって地面に倒れ込み、その様子を見ていた街の人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。

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