第210話 動き出す王国騎士

――ヒイロが所有していた魔道具は王国騎士ならば常備を義務付けられており、特殊な魔石の粉末を詰め込まれた発煙筒である。正式名称は「赤煙筒」と呼ばれ、名前の通りに赤色の煙を生み出す。


どうして赤色の煙を生み出すのかというと、それは夜の間でも目立つからであり、これが打ち上げられたときは緊急事態を意味する。滅多な事では使ってはならず、もしも誤って使用すれば王国騎士の位を剥奪される程に取り扱いに注意が必要な代物だった。


この赤煙筒が上がった時、それは王国騎士が危機を伝えている事を意味する。そしてヒイロが上げた赤煙の様子を王都の各地に存在する王国騎士や警備兵が確認した。



「ドリス様、起きてください!!就寝中に申し訳ありません、しかし窓の外を……!!」

「ええ、確認していますわ。全くもう……いったい誰ですの、私の貴重な休暇を潰してくれたのは」



王都内に存在する公爵家の屋敷の一室にて、一人の美女が窓の外を確認してため息を吐き出す。彼女は下着にキャミソールだけを羽織った状態であり、部屋の中に入ってきた男性の使用人は顔を赤くする。



「こ、これは失礼しました!!」

「いいえ、緊急事態ですので仕方ありませんわ。ですが、すぐに着替えたいので出て行って下さるかしら?」

「は、はい!!」

「貴方達はすぐに着替えの準備を!!時は一刻も争いますわ!!」

『はい、お嬢様!!』



通路内で待機していた大勢のメイドが部屋の中へ移動すると、即座に美女の着替えの手伝いを行う。メイドたちに服を着させてもらいながら美女は壁に立てかけた槍に視線を向け、微笑む。



「丁度いい機会ですわ。新しい槍の使い心地を確かめましょう――」






――同時刻、王都の中心に存在する王城の方でも赤い煙を確認すると、城内の人間は騒ぎ出す。王都内で訓練以外で赤煙が上がったのは数十年ぶりであり、城内に存在する訓練場にて煙を確認した銀髪の女性は訓練中の兵士に指示を出す。



「赤煙か……夜間訓練は中止だ、すぐに出るぞ!!」

『はっ!!』



訓練を受けていた兵士は全員が女性兵であり、彼女達はすぐに準備を行う。そして黒髪の女性の元へ大太刀のような武器を持った兵士が駆けつける。



「副団長、どうぞこちらを!!」

「ああ、助かる……よし、行くぞ!!」

『はっ!!』



大太刀を背中に背負った銀髪の女性は声を掛けると、兵士達は即座に彼女の白馬を用意させ、乗り込む。他の者達も彼女と同様に白馬に乗り込み、銀色の鎧兜を身に付け、出発の準備を整える――






――その一方で王都のとある酒場には大勢の男達が倒れており、小柄な禿げ頭の男だけが壁際に追い詰められていた。彼の前には全身に返り血を浴びた「テン」の姿が存在し、彼女はヒイロとミイナを誘拐した悪党の組織の頭を追い詰めていた。



「さあ、これであんたの味方はいなくなった……うちのガキの居場所を教えて貰おうか!!」

「ひいいっ!?わ、儂は知らん!!本当に知らんのだ!!」

「惚けるんじゃないよ!!あんたの所の組員が誘拐したのを見た奴がいるんだよ!!」



テンはモウタツが所属する組織の頭の居所を掴み、たった一人で乗り込んで彼の側近を全員半殺しにして頭を追い込む。だが、頭はテンの言葉を聞いても何の事か分からず、必死に逃れようとする。



「ほ、本当に儂は何も聞いておらん!!だいたい、お前の所の娘に手を出すような真似をするはずがないだろう……!?」

「惚けるんじゃないよ!!じゃあ、あんたの部下がうちのガキを何処へ連れて行ったんだい!?」

「し、知らない……ひぎぃっ!?」



頭の首元を掴むと、テンは最初はしらばくれているのかと思ったが、頭は心底怯えた表情を浮かべていた。その様子を見て嘘を言っているようには見えず、それでも彼の部下がミイナを誘拐したという情報は彼女も掴んでいた。


実際の所はモウタツと彼の仲間がミイナを誘拐したのはバーリの指示であり、組織の取引相手であるバーリに頼まれてモウタツ達が独断で動いたに過ぎない。もしも頭がミイナを誘拐する事を知っていれば何としても止めていただろう。



(だ、誰がへまをした!?こんな化物の娘を狙うなど、何を考えている……!?)



組織の頭である自分の部下の誰が失敗をしたのか知らないが、このままでは濡れ衣でテンに殺されると思い、必死に頭を巡らせる。テンも何か手がかりが掴めなければこのまま男を許すつもりはなく、彼女は怒鳴りつける。



「あんた以外に誰がうちのガキを狙ってるんだい!?さっさと答えなっ!!」

「ま、待ってくれ!!時間を、時間をくれ……うぎゃっ!?」

「だったら30秒だけ与えてやる!!その間に思い出せないようなら……怒りの百連発だよ!!」

「ひぃいいいいっ!?」



男の情けない悲鳴が響き渡り、この時にテンだけは建物の外で赤煙が上がっているのを確認出来なかった――

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