第204話 商人の忠告

『バーリ様程の御方が傭兵などに命を預けられるのはあまりにも不用心……彼等はいつ裏切るか分からない存在ですぞ』

『しかし、この国で儂以上に奴等に金を払える存在などおらんのだぞ』

『何を言われますか、傭兵を雇い続けるにしても金が掛かるでしょう。しかも聞くところによるとバーリ様の雇っている傭兵は態度の悪い連中が多いとか……』

『むむむ……』



商人の言葉にバーリは否定できず、確かに傭兵達は普通の兵士と違ってバーリに頼まれて守っているだけであり、彼に対して忠誠心はない。あくまでも彼等は金だけの関係であり、もしもバーリが金を支払えなくなったら彼等はさっさと立ち去るだろう。


傭兵の態度が問題という点も否定できず、ダンに至っては勝手にバーリの酒蔵から酒を盗んだり、他の傭兵も女性の使用人を相手に手を出そうとするなど問題行動が多い。彼等が優秀でなければバーリとしても屋敷の中に入れたくもない存在である。



『バーリ様の雇われている傭兵は確かに優秀でしょう。しかし、彼等は所詮は金が目当てのただのゴロツキ……そんな奴等にバーリ様は命を預けるなど愚の骨頂ではないのですか?』

『それは言い過ぎではないか!?』

『これは失礼……しかし、よくお考え下さい。私が持って来たこのガーゴイルを見てください、このガーゴイルはかつて国の魔導士によって封じられた存在ですが、この魔道具を使う事で自由に操作する事が出来ます。試しに見せてあげましょう』



商人はペンダントを自分の首に掲げると、ペンダントを手に敷いて念じるように目を閉じる。その行為にバーリは疑問を抱くが、直後に石像が動き出す。



『ギャギャッ!!』

『うおおっ!?』

『おっと、これは失礼……驚かせましたかな?』



ガーゴイルが動き出すと、バーリは度肝を抜かれた。彼はてっきりただの石像だと思い込んでいたが、商人の言う通りに本当に石像の正体はガーゴイルである事が判明して動揺を隠せない。


商人は動き出したガーゴイルに視線を向け、ペンダントを口元に移動させる。するとガーゴイルは商人に視線を向け、鳴き声を上げる。



『ギャギャギャッ!!』

『やかましいぞ、静かにしろ。そして跪け!!』

『ギャッ……』

『なっ……これは!?』



ペンダントを手にした商人の言葉を聞いてガーゴイルは黙り込み、その場に跪く。その様子を見てバーリは本当に商人がガーゴイルを操っている事を知り、冷や汗が止まらない。魔物を従えるなど「魔物使い」ぐらいしか出来ないと思い込んでいたが、商人は本当にガーゴイルを従えさせた。



『どうですか、この魔道具とガーゴイルは……バーリ様がお望みであれば20体のガーゴイルとこちらの魔道具を差し出しましょう』

『ぐっ……いくらだ?』

『金額の方はそうですね……これぐらいでどうでしょうか?』

『なっ!?貴様……!!』



商人は契約書を取り出すと、それをバーリに差し出す。そこに提示されている金額を見てバーリは目を見開き、商人に睨みつける。



『貴様、いくらなんでも高すぎるぞ!!』

『高い?御冗談を……バーリ様ならそれぐらいの値段は支払えるはずです』

『しかし、この金額は流石に……』

『よくお考え下さい、この魔道具とガーゴイルがあればバーリ様の安全は確保されます。もう生意気な傭兵など雇わず、無事平穏に過ごせるのですよ。そう考えればこの金額は妥当でしょう。なにしろバーリ様は生涯の安全を確保されたも同然なのですから……』

『ぐぬぬっ……』

『まあ、バーリ様とは長い付き合いですからね……特別にその金額の半額で構いませんよ。その代わりにガーゴイルの数は10体に減らしますが、どうですか?』

『半額か……それぐらいならば払えない事もないな』



バーリは商人の提案に頷き、それでも支払う額はかなりの大金だが、商人の言う通りにこれで生意気な傭兵達を追い出せるのであればと納得する。


その一方で商人の方は笑みを浮かべ、最初からバーリがこの金額に納得するはずがないと思っていた。必ずやバーリはごねると判断し、予め別の契約書を用意しておく。こちらの契約書は最初に提示した金額の半額が記されており、引き渡すガーゴイルの数も10体と指定していた。



(愚かな男だ……ガーゴイルが20体も手に入るはずがないだろう)



商人は実は最初からガーゴイルを10体しか確保しておらず、最初に20体と告げたのは嘘であった。どうして彼が嘘を吐いたのかというと、バーリの性格を考えて最初に法外な値段を提示し、その後に値段を下げる事で彼を安心させる。


バーリも商人ではあるが格はどうやら取引相手の方が上だったらしく、こうして彼はガーゴイルとそれを操る魔道具のペンダントを受け取る。だが、この時にバーリは商人から一言だけ注意された。



『バーリ様、念のために言っておきますがペンダントを使用する際は壊さない様にお気を付けください。このペンダントが壊れた時、ガーゴイルは支配から解放され、暴れまわるでしょう』

『何!?そうなのか?』

『はい、最も簡単に壊れやすい代物ではないのでその辺は心配しないでよろしいでしょうが……ああ、ですけどガーゴイルを呼び起こす際は基本的に1体だけに留めておいた方が良いですよ』

『む?何故だ?』

『もしも無理に同時に複数のガーゴイルを目覚めさせようとすればペンダントに負荷が掛かりますから壊れてしまう可能性もあります。なので仮にどうしても複数のガーゴイルを呼び起こしたいときは1体ずつ目覚めさせてください』

『そうか……まあ、気を付けておこう』



商人の言葉にバーリは頷き、こうして彼はガーゴイルの石像とペンダントを手に入れた。これを手にすればいずれは生意気な傭兵達を追い出せると思った彼だったが、まさか自分を襲う相手が暗殺者や傭兵でもなければただの使用人だとは思いもしなかっただろう――

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