第153話 挑戦者
「……信じられないな、僕は赤毛熊を実際に見たわけではないが、子供が倒せる相手じゃない」
「倒したのは半年前ぐらいです。それに作戦を立てて、準備をして挑みました」
「作戦?どんな準備をしたんだい?」
「装備の調達や、毒薬の調合とかも……」
「毒!?君はそんな卑劣な方法で倒したのか!?」
「えっ?」
「ウォンッ?」
ナイが毒薬も利用して赤毛熊を倒した事を伝えると、コウは信じられない表情を浮かべるが、ナイからすれば彼が何を言っているのか分からなかった。相手は凶悪な魔獣であり、毒だろうが何だろうが使っても倒すべき相手である。
「魔物を倒すのに毒を利用したら駄目なんですか?」
「いや、それはそうかもしれないが……だが、毒で弱った相手を倒す事に躊躇しなかったのか」
「……僕は赤毛熊に養父を殺されました。だからどんな手を使ってでも倒すと決めて挑んだんです」
「父親を……そ、そうか。それなら仕方ない、か……」
コウはナイの話を聞いて養父を殺されたと聞いた途端に同情した表情を浮かべるが、ナイとしてはもう過ぎた話である。コウはナイが赤毛熊を毒を使用して倒したという話を聞き、確かに毒を使えば子供でも赤毛熊を倒せるかもしれないと考え込む。
(赤毛熊には毒の耐性もあると聞いていたが、余程強力な毒を仕込んだのか……父親の仇を討つためにこんな子供が戦ったのか)
勝手にコウはナイが猛毒を利用して赤毛熊を毒で殺したと思い込んでいるが、実際に赤毛熊との戦闘ではナイが使用した毒は大して効果はなかった。ナイが赤毛熊を倒せたのはビャクの援護もあった事、そして1年も磨き上げた腕力で打ち倒したからである。
話を聞き終えたコウはナイが赤毛熊を倒したという話を信じるが、彼の姿を見て思い悩み、それでも意を決したように彼はここへ来た目的を伝えた。
「僕がここへ来たのは……赤毛熊を倒した人間と手合わせして欲しいと思ってここへ来たんだ」
「手合わせ?どうしてですか?」
「色々と理由はあるんだが……僕は王国の騎士団に入りたいと思っている。しかし、騎士になるためには厳しい試験を突破しなければならない。父上は僕にはそれは無理だというが、僕も騎士になるために今日まで修行してきたんだ」
「はあ……」
コウは貴族の身でありながら騎士に憧れを抱き、彼は騎士になるために修行を積んできたという。しかし、父親から騎士になる事を反対され、それでも彼は諦めきれずに自分の実力を知らせるためにここへ来たと言う。
彼が騎士になるためにどうして赤毛熊を倒した自分の元へ来るのかとナイは不思議に思うが、コウはナイの肩を掴み、とんでもない事を申し込む。
「君に頼みがある……僕と手合わせしてくれないか?」
「えっ!?」
「赤毛熊を倒した程の人物と戦い、それに勝てる事が出来れば父上もきっと僕が騎士になる事を認めて下さるんだ。まあ、安心してくれ。まさか相手が君のような子供だとは思わなかったが、決して怪我はさせないよ」
「クゥ〜ンッ……」
ナイの元へコウが訪れた目的はあの有名な赤毛熊を倒した剣士を倒せば、父親も自分の実力を認めて騎士団入りを認めてくれると考えてここへ来たらしい。ナイからすればいきなり来られて勝負をしろなどと言われても困るが、コウは引き下がるつもりはなかった。
「頼む、僕はどうしても騎士になりたいんだ!!だから僕と戦ってくれ!!」
「ええ……でも、危ないですよ」
「大丈夫だ、君に怪我はさせないから……」
「そういう意味じゃなくて……」
コウは完全に自分が勝つつもりだが、ナイからすればコウに怪我をさせるのではないかと心配する。彼がどの程度の実力を持っているのかは知らないが、ナイが本気で戦えば彼を怪我させるかもしれない――
――結局はコウは引き下がる事はなく、根負けしたナイは真剣を使わずに戦う事を条件に勝負を引き受ける事にした。二人は屋敷の中庭に移動し、屋敷の護衛の人間が訓練用に使っている木刀を手にして構え合う。
「さあ、何処からでもかかってきてくれ!!」
「う〜ん……本気でやるんですか?」
「ああ、遠慮はいらない!!全力で来るんだ!!」
「クゥ〜ンッ……」
木刀を手にしたナイはコウと向かい合い、彼を見てどうするべきか悩む。とりあえずは木刀を軽く素振りすると、いつもの旋斧と違って武器が軽すぎて違和感を抱く。
(やっぱり軽いな……もうちょっと重いと調子が出るのに)
旋斧のような重量のある武器で戦う事に慣れ過ぎたせいか、長剣程度の大きさの木刀ではナイは調子が出ない。その一方でコウは木刀を握りしめると、綺麗な構えで向かい合う。
「僕の準備は出来てる。さあ、遠慮なく掛かってきてくれ」
「はあ……分かりました。なら、全力で行きます」
「ウォンッ!!」
コウの言葉を聞いてナイは木刀を構えてみるが、この時にコウはナイの姿を見て違和感を抱く。ナイはどこからどう見ても普通の少年にしか見えないが、武器を握りしめた途端に雰囲気が一変し、コウは本能的に危険を察する。
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