第139話 エルマの魔弓術

――国内には3人しか存在しない魔導士、その中でも最年長者であるマホは優秀な魔術師だった。エルマがマホの弟子入りしたのは30年ほど前であり、彼女は子供の頃にマホに拾われた。


エルマは母親と共に人里から離れた森の中で暮らし、父親はいなかった。母親は死んだと言っていたが、実際の所は彼女にも分からない。どうして母親が自分の故郷から抜け出し、こんな誰も寄り付かない森の中で暮らしていたのかはエルマも知らず、教えてもくれない。


10才の誕生日を迎えた時、エルマの母親は唐突に姿を消した。残されたエルマは必死に母親を探したが、結局見つからずに森の中に取り残されてしまう。このまま誰にも見つからず、自分はひっそりと死ぬかと思われた時、彼女の前にマホが現れた。



『お主……儂と一緒にこの森を出るか?』



最初にマホと遭遇した時、エルマは彼女を見て自分と同い年ぐらいの少女にしか見えなかった。だが、彼女からすれば母親以外に初めて出会う森人族であり、一人で寂しく死ぬよりは誰かと一緒にいたいと思ったエルマは彼女の後に付いていく。



『マホちゃんはお父さんとお母さんはいないの?』

『儂の両親か……さあのう、生きているのかどうかも知らん。そもそも興味もない』

『どうして……?お父さんとお母さんに会いたくないの?』

『思わんな』



エルマが聞くところによるとマホも彼女と同じく幼い時に何らかの理由で両親と離れ、ずっと一人で生きてきたという。だが、エルマと違う点はマホは両親と会いたいとは思わず、一人でもたくましく生きていた。


自分とは違って一人でも生きてきたというマホに対してエルマは尊敬し、彼女と比べれば自分がちっぽけな存在に思えた。いつしかエルマはマホの弟子となり、彼女から魔法を学ぶ。



『エルマよ、お主には付与魔術の才能があるのう。それに弓の腕も悪くはない』

『母親がまだいた頃、森の中で狩猟を行ってたりしてたから……』

『ならばその才能、磨かねば損じゃな。付与魔術は物体に魔力を宿す魔法じゃが、本来の使い方は剣などに魔力を込めて魔法剣へと変化させて攻撃に利用する。しかし、お主の場合は剣よりも弓の才能が目立つ。ならば常識にとらわれず、自分なりの戦い方を磨くがいい』



マホはエルマの才能を見抜くと、彼女はすぐにマホに「付与魔術」を教え、更に彼女の弓の腕を見込んで弓矢を渡す。この付与魔術と弓矢の技術を合わせた魔法を彼女達は「魔弓術」と名付けた。


エルマが放つ矢は彼女が事前に風の魔力を込めており、一定の時間が経過すると矢に帯びた魔力が暴発し、風圧を発生させる。この風圧の威力はエルマがどの程度の魔力を込めたかによって威力が変化し、暴発までの時間も変化する。そのため、どのタイミングで攻撃をするべきか見極めが必要だった。




(――大丈夫、落ち着いてやれば問題ない……いつも通りにやればいい)



時刻は現在へと戻り、エルマは建物の上から街道の様子を確認し、彼女は魔物の大群が現れるのを待つ。十字路の正面の道を任されたエルマではあるが、まさか馬鹿正直に正面から待ち構えるはずもなく、建物の上から攻撃を行う準備をする。



(矢の数は20本、1発でも外したら老師や他の子達が不利になる。私がしっかりしないと……)



エルマは緊張しながらも弓を構え、彼女は魔除けの護符を取り出すと近くの煙突に張り付ける。こうしておけば屋根の上に移動するゴブリンが現れもエルマの存在は気づかず、攻撃に専念出来た。


魔除けの護符が張り出された場所にいればエルマが魔物に見つかる可能性は低い。だが、彼女が撃ち込んだ矢に関しては別であり、攻撃を続ければいつかは魔物達も矢が放たれる位置に気付く。


魔除けの護符はあくまでも魔物達から存在感を捉えさせないためだけの効果しかなく、もしも魔物が矢が撃ち込まれた位置を把握して近付いて来ればエルマの姿は確認できなくとも、誰がかいる事は気づかれてしまう。



(失敗は許されない、必ず成功させてみせる!!)



エルマは遂に十字路に魔物の大群が通り過ぎようとしている光景を確認すると、彼女は弓矢を構えた。位置的にはまだ距離があるが、最初にエルマが作戦の合図を行う手はずである。




――グギィイイイッ!!




遂に武装したホブゴブリンとゴブリン、そしてゴブリンを乗せたファングの群れが十字路に到達すると、ここでエルマは上空に向けて矢を放つ。この際にエルマは風属性の魔力を矢に封じ込め、解き放つ。



『行けっ!!』



放たれた矢は真っ直ぐに飛んでいくと、街の上空に浮かんでいた雲を消し去るほどの風圧を発生させる。その様子を見た魔物の大群は驚き、一方で別の場所で待機していたナイ達も動き出す。

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