第115話 人類最古の武器

『――爺ちゃん、どうしたのその怪我!?』

『ああ、ちょっとな……』



まだナイが子供の頃、山菜を取りに向かったアルが家に戻ってくると、彼は左足を引きずり、右手を抑えながら帰ってきた。いったい何があったのか右手は晴れており、骨に罅が入っていた。


傷自体は薬草を使用すればすぐに治るだろうが、どうして山菜を取りに向かっただけなのにこんな怪我を負ったのかとナイは心配すると、アルは怪我をする経緯を話してくれた。



『俺とした事が、山に登る時に足元を滑らせて派手に転げ落ちちまってな。その時に武器を失くしちまったんだ。そんな時に限って熊の野郎が現れてな……』

『ええっ!?それでどうしたの?』

『その時は食べ物も持っていなかったからな。戦おうにも武器はないし、逃げようにも転んだ時に足も挫いたようでな。もう駄目かと思ったぞ』




アルは運悪く、山道を登っている時に転げ落ちて武器を手放してしまい、更に最悪なタイミングで熊と遭遇したらしい。武器を失い、足を挫いて逃げる事も出来ないアルが起こした行動を聞いてナイは耳を疑う。



『だから熊の野郎が俺を食べようと顔を近づけた時、ぶちのめしてやったんだよ。顔面を殴りつけて追い払ってやった』

『ええっ!?熊を殴ったの!?』

『おうよ!!熊の奴、まさか殴られるとは思わずに怯んで逃げ帰りやがった!!きっと顔を殴られるのなんて初めての出来事だろうからな。俺に恐れをなして逃げやがった!!』

『む、無茶苦茶だよ……』



自慢げに熊を殴り飛ばした事を話すアルにナイは戸惑うが、そんな彼に対してアルは怪我をした拳を見せつけ、ナイに語り掛けた。



『ナイ、よく覚えておけ。人の拳はな、人類最古の武器なんだ。もしもお前さんの手元の武器がない時、お前を傷つけようとする奴が現れた時に頼りになるのはこの拳だけだ。その事を忘れるなよ』



この時に告げられたアルの言葉は印象的でナイも覚えており、自分の養父は熊さえも殴り飛ばす凄い人だと思い知らされる――






――アルとの思い出が脳裏によぎったナイは自分の左拳に視線を向け、そこにはドルトンが冒険者時代に使用していた腕鉄鋼が嵌められていた。ナイは覚悟を決めると、まずはホブゴブリンの注意を逸らすために右手を開く。



「ヒールッ!!」

「グギャッ!?」



右手を突き出したナイは回復魔法を発動させ、掌から光を放つ。本来は他者の怪我を癒すための魔法ではあるが、使い方によっては閃光のように光を放って相手の注意を引くには十分だった。


ナイの掌から放たれた光を浴びてホブゴブリンは目が眩み、隙を生み出す。その隙にナイは左手に装着していた盾を外すと、ホブゴブリンに向けて踏み込み、左拳を突き出す。



「うおおおおっ!!」

「ブフゥッ――!?」



地面を強く踏み込みながらナイは腕鉄鋼を装着した左拳をホブゴブリンの顔面に叩き込むと、あまりの衝撃でホブゴブリンの顔面は陥没し、そのままホブゴブリンは数メートル先まで吹き飛ばされる。


殴り飛ばされたホブゴブリンは通路の傍に流れる水路に落下し、派手な水飛沫を上げながら水中に沈み込む。その様子を見てナイは唖然とした表情を浮かべ、予想以上の手応えに戸惑う。



「す、凄い……意外と、素手でもいけるかもしれない」



ナイは自分の拳の威力に戸惑い、いくら腕鉄鋼越しに殴ったとはいえ、あまりの威力に動揺を隠せない。




――忘れがちではあるが、現在のナイの身体能力は子供の頃の比ではなく、長年の鍛錬と「剛力」を始めとした身体強化系の技能を手にしているナイの腕力は常人とは比べ物にならない。




彼が繰り出す旋斧の一撃は巨岩を破壊する程の威力を誇り、そんな威力を引き出す腕力で殴りつけられればホブゴブリン程度の敵など一撃で倒せる。改めてナイは自分の腕力が異常である事を思い知り、一方で壁にめり込んだ旋斧を見て反省する。



(こういう場所だと旋斧は大きすぎるから振り回す事が出来ない……壁や天井にめり込むかもしれないから、ここでは旋斧は使えそうにないな)



狭い下水道の通路内では旋斧のような普通の剣よりも刃が大きい武器は当てにならず、ナイは旋斧を壁からどうにか引き抜くと、背中に戻す。



(ここから先はこの拳だけが頼りだ……おっと、盾もちゃんと回収しとかないと)



戦闘の際中にナイは落とした盾を思い出し、ゴマンの形見でもあるためにこの盾だけは絶対に失くすわけにはいかない。ナイは床に落ちた盾を拾い上げようとした時、ここで盾の裏側を見て眉をしかめる。



「ドルトンさん……どうしてこんな仕掛けを作ったんだろう。もしかしてこの盾、僕の物だと勘違いしてるのかな」



ナイは盾の裏に施された仕掛けを確認して困り果て、ドルトンがどうしてこんな真似をしたのかと思いながらも盾を装着しようとした。だが、左手に装着すると殴りつける際に不便のため、今回は右腕に装着を行う。

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