第95話 あの村で待っている

「ああ、そういえば言い忘れてました。ナイ、貴方にお客様が来てますよ」

「え、お客さん……?」

「ええ、貴方もよく知っている人ですよ。礼拝堂で待っていますから早く行ってあげなさい」



ヨウの言葉にナイは不思議に思い、言われた通りに礼拝堂へと向かうと、そこにはドルトンの姿があった。1年前よりも若干痩せているが、以前よりも裕福な生活を送っているのか身なりは整っていた。



「ドルトンさん!!」

「おお、ナイ……久しぶりだな、元気だったか?」

「はい、大丈夫です。ドルトンさんの方はどうですか?」

「ははは、少しばかり仕事が忙しくて最近は休む暇もないが……やっと余裕が出来たからな。お前に会いに来たよ」



ドルトンはこの街の商人であり、実を言えば彼がこの街一番の商人である事をナイは知らなかった。彼は多忙な身でありながら時間に余裕が出来た時はナイの元に訪れてくれた。


一か月に一度の割合でドルトンはナイの元へ訪れ、彼のために教会へ寄付までしてくれている。ナイとしてはそこまで気を遣う必要はないと言っているのだが、亡き親友の息子の事を放っておくことなど出来ず、定期的にナイの様子を伺いに来る。



「ナイ、ここでの生活は苦しくないか?何か困った事があれば儂に言ってくれ」

「大丈夫ですよ。ここの生活にも慣れてきたし、それに村にいた時と違って狩猟に出たりする必要もないから危険な事なんてないし……」

「そうか……ならばいいんだが」

「あ、でも……ビャクは元気ですか?」



ナイの言葉を聞いてドルトンは安心するが、ビャクの事を思い出したナイは彼に尋ねる。ビャクはナイが陽光教会へ訪れる時に別れたきり、一度も会っていない。そもそも現在のナイは滅多な事では外へ出る事も出来ない身だった。


忌み子は外の世界の人間と関係を持つ事を極力避けるため、教会の外へ勝手に抜け出す事は許されない。そのためにナイは陽光教会へ世話になってから街の外は愚か、建物の敷地内から出た事もない。



「うむ……ビャクは元気にしておるよ。毎日、村の方に顔を出しておるようじゃ。儂も何度か会ったが、意外と人懐っこい狼だからな。この間なんかは儂の馬車が魔物に襲われそうになった時、助けてくれたんだぞ」

「ビャクが……」

「もうお前と二度と会う事はないとは一応は伝えたんだが……今でもビャクは待っておるよ。あの村にお前が帰ってくる事を」

「…………」



ドルトンの言葉を聞いてナイはふさぎ込み、正直に言えばナイもビャクとは会いたいとは考えていた。しかし、今の立場がそれを許してくれない。


ナイが行動を許されているのはこの教会の敷地内だけであり、許可もなく外へ抜け出す事は許されない。だからナイはビャクとはもう会えない事を伝えたのだが、ビャクはそれでもナイが暮らしていた村に足を踏み入れている。


せめて最後にもう一度別れの挨拶をしたかったと思うナイだが、その願いは果たされる事はない。ナイは自分が忌み子である限り、もうこれ以上に他の者と関わる事は出来ないと思い込んでいた。



(ビャク……もう僕の事なんか忘れていいんだよ)



この場には存在しないビャクの事を思いながらもナイはドルトンに視線を向けると、不意に彼が右手に包帯を巻いている事に気付く。



「ドルトンさん、その怪我は……」

「ん?ああ、さっきも話しただろう。先日、儂が乗っていた馬車が魔物に襲われてな……魔物はビャクが追い払ってくれたんだが、その時に怪我をしてしまってな」

「回復薬で直さないんですか?」

「最近は回復薬の素材の調達も難しくなってきてな。魔物の被害が増加しているせいで誰もが回復薬を求めておる。だからこの程度の怪我で回復薬を使うのは勿体なくてな……」



この1年の間に更に魔物の数は増えており、そのせいで魔物の被害が激化しているため、回復薬などの薬品の類の価値が高騰化しているという。この街の商人のドルトンですらも回復薬の原材料である薬草の入手も碌に行えず、自分の怪我の治療もままならない。


薬草の類ならば狩人だった頃のナイは頻繁に山や森に赴き、採取の技能を生かして回収していた。村にある彼の家では薬草を栽培していたので昔ならドルトンに薬草を渡す事を出来たが、今の彼にはそれは出来ない。



(ドルトンさんの怪我、包帯で隠しているけどかなり深そうだな……よし)



ナイは周囲を観察し、他の人間に見られない様に注意しながらドルトンの腕を掴む。唐突に怪我をした方の腕を掴んできたナイにドルトンは驚くが、彼は包帯を外すように促す。



「ドルトンさん、怪我を見せてください」

「ナイ、急に何を……」

「大丈夫です、僕を信じてください」

「……ふむ、分かった」



ドルトンはナイの行動に戸惑うが、彼の言う通りに包帯を解いて傷口を見せる。ナイの予想通り、思っていた以上に傷口は深く、刃物か何かで切り付けられた傷跡だった。

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