第二章 逃れられぬ運命

第94話 教会での日々

――ナイが暮らしていた村がホブゴブリンの群れの襲撃を受けてから半年の月日が経過した。村にはもう誰も住んでおらず、この場所に立ち寄る者は一人もいない。


村人達の墓は村の中央の広間に建てられ、確認出来た死体の数だけ墓を建てられる。もうこの場所には誰も住んでおらず、恐らくはこれからも住む人間はいない。



「ウォンッ……」



しかし、この村に立ち寄る存在は1匹だけ存在した。それはナイに懐いていたビャクであり、彼は毎日のように村に訪れては彼が暮らしていた家に立ち寄る。


この場所に訪れればもしかしたらナイと出会えるのではないかと思ってビャクは毎日のように立ち寄るが、どれだけ尋ねようとナイが現れる様子はない。




――ウォオオンッ!!




ビャクの悲し気な咆哮が村の中へ響き渡り、寂し気な表情を浮かべながら彼は自分の住処へと帰っていく――






――半年前、行く当てがないナイは子供の頃に陽光教会に訪れた時の事を思い出し、あの時に教会の司教を務める「ヨウ」という名前の女性の元へ尋ねる。


子供の頃に陽光教会へ初めて訪れた時、儀式を受けたナイが「忌み子」である事が発覚した。この時にヨウは自分達の元にナイを引き取るように告げたが、アルはそれを拒否して彼を連れ帰った。


忌み子であるナイの事をいつか手に負えない日が来る事をヨウはアルに告げ、実際にナイは自分のせいでアルや村人達を危険に晒したと思い込み、もう他の人間に迷惑をかけたくはないと思った彼は陽光教会の元へ自ら赴く。



「……うん、綺麗に育ったな」



街に存在する教会にナイは現在暮らしており、教会の敷地内の花壇の世話をしていた。栽培の技能も持っているナイが手入れをしているお陰で花壇の花々は美しく育ち、その様子を見てナイは少しだけ笑みを浮かべる。


最初に教会に赴いた時は驚かれたが、司教のヨウはナイの事を覚えており、彼がここへ来るとすぐに受け入れてくれた。ヨウはナイから何も事情を聞かず、この教会内で暮らす事を認めてくれた。


陽光教会では忌み子と呼ばれる子供達を保護するのが慣わしであり、教会内部の人間はナイが忌み子である事を知っているが、決して差別はしない。むしろ彼の出生を憐れみ、優しく接してくれた。


しかし、ここで暮らす以上はナイも仕事を行わなければならず、とりあえずはナイの主な仕事は建物の掃除と花壇の世話、他には食材の買い出しや調理の手伝い、他にも雑用などを任されている。年齢的に子供とはいえ、世話になる以上はしっかりと仕事を手伝わなければならない。



「精が出ますね、ナイ」

「あっ……ヨウ先生」



ナイは後ろから声を掛けられて振り返ると、そこには司教であるヨウが立っていた。彼女はナイが手入れをしている花壇に視線を向け、美しい花々が生えている光景を確認すると、感心したように頷く。



「貴方が手入れをするようになってから花たちも元気を取り戻しましたね。それに他の人も褒めていましたよ、貴方は仕事を覚えるのが早くて助かると……」

「そうなんですか?それは……嬉しいですね」



ヨウに褒められてナイは苦笑いを浮かべ、そんな彼を見てヨウはまだ彼との心の距離を感じ取り、ナイの身を案じる。彼がここへ来てから半年も経過しているが、最初の頃のナイは酷い状態だった。




――たった一晩で大切な人たちを失ったナイの心の傷は深く、彼が陽光教会に来たばかりの頃は感情を表に出す事はなかった。いつも無表情で何を考えているのか分からず、食事も碌に食べる事もなかった。


ナイの様子を見てヨウは彼が生きる気力を失っていると判断し、色々と考えた末に彼女はナイに仕事を与える事にした。仕事を任されている間はナイは仕事に集中し、余計な事を考えずに済む。


仕事に集中している間はナイも気が楽になり、特に花壇の世話を任されるようになってから彼は変わっていった。毎日のように世話をする植物達がたくましく育つ光景を見て何か感じ取ったのか、植物の種類を調べ上げ、どのように育てるのが良いのかを研究し、肥料なども自分で用意する。


今では陽光教会の花壇には様々な種類の花が生えており、その中には育てるのも難しい植物も含まれていたが、見事にナイは育て上げた。



(この子には植物を育てる才能があるようですね……もしも普通の人間として生まれていれば植物学者にでもなれたかもしれないのに)



ヨウは花壇に生えている美しい花々に視線を向け、これらの植物をまだ14才の子供が育て上げたなど他人に話しても信じて貰えないだろう。それだけにヨウはナイの才能を惜しむ。


しかし、彼女は知らない。ナイが持つ才能は決して植物を育てる事だけではなく、彼が最も優れている才能は別にある事を――

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