第92話 鬼の子
(何だ、あれ……嘘だ、違う、そんなはずがない……そんな事、あるはずがない!!)
ホブゴブリン達が焼いて食している肉の正体を知ったナイは口元を抑え、その場にへこたれる。ナイは自分の目の前でみた光景が信じられず、頭を抑え込む。
だが、何度確認しようとホブゴブリンたちが食しているのは村人の死体である事に変わりはなく、ここまでに村人の死体が見つからなかった理由が判明した。村人達は避難したのではなく、既に殺されて広場に集められ、ここで彼等の餌として食されていたのだ。
まるで人間のようにホブゴブリンは死体を火であぶって調理を行い、それを美味しそうに食べる姿にナイは歯を食いしばり、我慢できずに彼は叫び声を上げた。
「ううっ……あ、あぁあああっ!!」
『グギィッ……!?』
人間の声を耳にしたホブゴブリンの群れは驚いた様に振り返ると、そこには鬼のような怒りの表情を浮かべたナイの姿が存在した。彼は旋斧を片手にホブゴブリンの元へ歩み、そのあまりの気迫にホブゴブリンの群れは動揺する。
目の前に現れた人間の少年を見てホブゴブリン達は戸惑い、普通ならばいくら武器を手にしていようが人間の子供を相手に恐れる理由はない。だが、今のナイの姿はまるで本物の「鬼」を想像させ、正に鬼の子だった
「よくも、よくも……返せ、ゴマンを、皆を……返せぇえええっ!!」
ナイは躊躇なく強化薬を取り出すと、それを口に含み、一気に中身を飲み干す。強化薬は量が多ければ多いほどに効果を発揮するが、その反動として薬が切れた後の肉体の負荷も大きくなる。
だが、冷静さを失ったナイは強化薬の反動を考えずに飲み干すと、ホブゴブリンの群れに対して突っ込む。ナイは旋斧を振りかざし、次々とホブゴブリンへ切りかかった。
「がああっ!!」
「グギャアッ!?」
「グギィイイッ!?」
ホブゴブリン達は慌ててナイを迎え撃とうとしたが、ナイが振り抜いた旋斧は彼等が身に付けている鎧ごと叩き切り、肉体が両断される。その攻撃力は赤毛熊をも上回り、ホブゴブリン達は次々と蹴散らされていく。
「グギィッ!!」
「グギギッ!!」
「グギャギャッ!!」
流石にナイの攻撃で死んだ仲間の姿を見せられては残りのホブゴブリンも黙ってはいられず、武器を手にしてナイヘ挑もうとした。だが、それに対してナイは恐れもせずにゴマンか借り受けた盾を利用し、攻撃を弾く。
「ふんっ!!」
「ギャウッ!?」
「グギィッ!?」
盾に武器が触れた瞬間に弾かれ、攻撃を仕掛けたホブゴブリン達は体勢を崩す。その隙を逃さずにナイは片手で旋斧を振りかざし、切り裂く。
3年前は苦戦を強いられた相手だったが、今のナイにとってはホブゴブリンなど敵ではなく、瞬く間に半数のホブゴブリンを打ち倒す。仲間が半分も殺された時点で残されたホブゴブリン達は怖気づき、逃げようとする個体も現れた。
「グギィイイッ!?」
「逃がすかっ!!」
逃げ出そうとしたホブゴブリンに対してナイは刺剣を引き抜き、それを投げつける。投擲の技能の効果によって狙いを外す事はなく、逃走を計ったホブゴブリンの後頭部に刺剣は突き刺さった。
頭部を貫かれたホブゴブリンは絶命し、その様子を見て他のホブゴブリン達は顔色を青くさせた。逃げようとしても殺されると判断したホブゴブリン達に残された手段、それは力を合わせて戦うしかなかった。
『グギィイイイッ!!』
残されたホブゴブリンの群れは武器を手にしてナイの四方を取り囲み、同時に攻撃を行う。だが、その行動に対してナイは盾を放り投げて両手で旋斧を握りしめると、赤毛熊にも深手を負わせた剣技を放つ。
「があああっ!!」
『グギャアアアッ!?』
円を描くように旋斧が振り抜かれると、ホブゴブリン達の胴体が切り裂かれ、上半身と下半身が別れた状態で地面に倒れ込む。遂には全てのホブゴブリンを倒したナイは周囲に散らばったホブゴブリンの死骸に視線を向けると、黙って旋斧を下ろす。
これまでの戦闘で旋斧も限界が近付いており、既に刃には刃毀れだけではなく、亀裂が走っていた。もうこれ以上に酷使すれば壊れるのは免れず、ナイは旋斧を見下ろして呟く。
「爺ちゃん……ごめん、ごめんね……俺が、爺ちゃんとの約束を破ったから……」
ナイは亡き養父の言葉を思い出し、もしもアルの言う通りに彼の敵討ちなど考えず、この村で平和に過ごしていれば村人がホブゴブリンの群れに殺される事などなかった。
この村にナイが留まっていれば村人は殺される事もなく、ホブゴブリンの群れから守り通す事が出来ただろう。だが、今更後悔しても遅く、ナイは夜が明けるまで涙を流し続けた――
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