第91話 村の異変

「――ふうっ、頑張れビャク……あと少しだぞ」

「クゥ〜ンッ……」



疲労困憊の状態でもナイとビャクは歩くのは止めず、遂に深淵の森の外に抜け出す。赤毛熊を倒した後、どうにか渓谷から抜け出したナイとビャクはやっと森の外にまで辿り着く。


ここまでの道中で魔物に襲われる事はなかったが、どちらも赤毛熊との戦闘で疲労が大きく、特にナイは限界が近かった。ビャクの方も怪我を負った状態で川に流されかけ、更に回収した赤毛熊の素材を持ち運んでいるため、負担が大きい。



「クゥンッ……」

「あっ、ビャク……きついならすこし休もうか。ここまで来れば魔物も襲ってこないだろうし……」

「ウォンッ……」



疲れた表情を浮かべて寝そべったビャクを見て流石にナイも無理は出来ないと判断し、二人は森の外で腰を下ろす。このまま眠りたい所ではあるが、ナイは夜が明ける前に村に戻る必要があった。



(ゴマン、まだ起きてるかな……ドルトンさんも今頃はどうしてるんだろう)



ドルトンの事を思い出したナイはここで彼から盗み出した強化薬の事を思い出す。結局は赤毛熊との戦闘では使わなったため、強化薬は未だにナイの手元に存在した。


もしもドルトンと会う機会が来れば彼に返さなければならず、その時は盗んだ事も謝罪しなければならない。許してくれるかどうかは分からないが、それでも自分を本気で心配してくれた彼には隠し事は出来ないと思ったナイは夜空を見上げる。



(そうか、今日は満月だったのか……)



夜空を見上げると神々しく光り輝く満月が視界に映し出され、満月のお陰で夜にも関わらずに周囲は明るく、道に迷う心配もなさそうだった。休憩はほどほどにしてナイは出発しようとした時、ここで異変に気付く。



(何だ……煙?)



満月の光で夜中にも関わらずに草原は明るく、ナイはこの時に村がある方向から煙が上がっている事に気付く。どうしてこんな時間帯に煙が上がっているのかとナイは嫌な予感を浮かべ、ビャクに告げる。



「ビャク!!俺は先に村に行くから!!」

「ウォンッ!?」



唐突にナイが走り出したのを見てビャクは戸惑いの声を上げるが、今は彼に構っている暇はなく、ナイは急いで村へと向かう――





――草原を駆け抜け、遂に村が視界に収まる場所にまで辿り着くと、ナイは信じられない光景を目の当たりにした。それは村の中から煙が舞い上がり、見張り台は破壊されていた。


一体何が起きたのかとナイは考える前に足を踏み入れると、村の中はあちこちで火災が起きた痕跡が残っており、火はもう消えている様子だったが、建物内に存在したはずの村人の姿が見えない。



「ど、どうして……皆、何処にいるの!?」



建物が焼かれた痕跡と、村人の姿が見えない事、この時点でナイは嫌な予感を覚えて必死に村の中を捜索する。人間の姿を探しながらもナイは警戒は怠らず、何者かが村を襲ったのだと判断した。



(火で燃やされている……という事はまさか、盗賊の仕業!?でも、このあたりで盗賊が現れたなんて聞いていない……まさか、魔物!?)



何者が村を襲ったのかはナイにも見当が付かず、どうして村人の姿も見えないのかもナイは気になっていた。仮に盗賊か魔物の仕業にしても村人の死体が一つもない事に違和感を抱き、ナイは嫌な予感を抱く。



(大丈夫だ、まだ誰も死んでいない。きっと、何処かに避難したんだ……ゴマンも無事のはず)



村人の死体がない事からナイは希望を捨てず、村人全員が何処か安全な場所に避難したのだと信じる。しかし、ナイのその儚い希望はすぐに打ち砕かれる事になる――





――彼が村の中央に存在する広場に辿り着くと、ここで嫌な臭いを感じとる。これまでにナイが嗅いだこともない臭いであり、広場に視線を向けるとそこにはナイの想像を絶する光景が広がっていた。



(何だ……こいつら)



ナイは広場に視線を向けて目を見開き、そこには大量のホブゴブリンが存在した。数は恐らくは20匹を超え、しかもその全てが1年前に襲ったホブゴブリンと同様に「武装」していた。


信じられない程の数のホブゴブリンが村の中に存在する事にナイは動揺を隠しきれず、どうしてこんな事態になったのかと戸惑う。ホブゴブリン達は人間から奪ったと思われる装備を身に付けており、戦闘に陥れば今のナイでは分が悪い。



(数が多すぎる……どうしてこんな数のホブゴブリンが急に)



ホブゴブリンの数と装備を見てナイは焦りを隠せず、それでも気づかれない様に様子を伺う。この時にナイは「隠密」と「無音歩行」を発動させ、建物の陰から様子を伺う。



「グギギッ……」

「グギャギャッ!!」

「グギィイイッ!!」



どうやらホブゴブリン達は宴でも行っているらしく、木造製の建物の残骸を利用して焚火を行っていた。そして何か肉のような物を焼いている事に気付き、それが異臭の正体だとナイは知る。


いったい何の肉を焼いているのかと思ったナイだが、ここでナイはホブゴブリン達の傍に倒れている物を発見し、目を見開く。




――ホブゴブリンの群れの傍に倒れていたのは村人達の死体であり、ホブゴブリンが食しているのが村人を焼いた肉である事が判明した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る