第79話 習得「跳躍」

――赤毛熊を倒すと決めた日から数日後、ナイは山の中を駆け抜けていた。彼が追うのは逃げ回る一角兎であり、旋斧を握りしめながら後を追う。



「逃がすかっ!!」

「キュイイッ!?」



小柄で身軽な一角兎は自分を追いかけるナイから逃れようと跳躍を繰り返すが、その一角兎に対してナイは距離を詰めるため、足元に力を込める。そして新たに覚えたばかりの技能を発動させた。



(試してみるか……跳躍を!!)



この数日の間にナイは魔物を倒して習得したのは「跳躍」と呼ばれる技能であり、名前の通りに跳躍力を強化する類の技能だった。


足元を強く踏み込んだ瞬間、ナイの身体が一気に飛び上がり、一角兎の頭上まで移動を行う。そして空中にてナイは旋斧を振りかざし、一角兎の首を切り裂く。



「はああっ!!」

「ッ――!?」



頭と胴体を切り裂かれた悲鳴を上げる事も出来ずに地面に倒れ込むが、その直後にナイの方も派手に身体を地面にぶつけてしまう。空中で重量のある旋斧を利用して攻撃したせいで着地を失敗し、彼は痛そうな表情を浮かべる。



「いててっ……あれ、あんまり痛くない。そうか、受身と頑丈のお陰か……」



派手に倒れた割にはナイは痛みが少ない事に気付き、先日に覚えた「受身」と「頑丈」の技能お陰でだと知る。この二つは衝撃緩和と耐久力を上昇させる効果を持ち、大怪我は避けられた。


身体を起き上げながらナイは倒れている一角兎に視線を向け、山の中で逃げ回る一角兎を仕留めたのは初めての経験だった。一角兎と戦うのは何回も経験しているが、あくまでもナイが倒してきた一角兎は相手の方から襲ってきた場合である。


一角兎は外見に似合わずに狂暴な性格なので人間を見つけたら躊躇せずに襲い掛かるが、自分が不意打ちを仕掛けられた場合は恐怖を抱いて逃げ回る事も多い。それを利用してナイは訓練も兼ねて一角兎を追い掛け回していた。



(よし、これだけ倒せばもう技能の習得に必要なSPは集まったはず……跳躍の技能も確認できたし、今日は帰るか)



ナイは一角兎の死骸を回収すると、村へ引き返す事にした。最近は雪も降り始め、これから本格的に寒くなっていく。それでもナイは毎日のように山に出向き、魔物を狩り続けていた――





――跳躍の技能を習得した日から更に数日後、ナイは山に赴くと旋斧を手にした状態で大木と向かい合い、剛力を発動させて刃を叩き込む。



「はあああっ!!」



旋斧の刃は大木を切り裂き、地面に倒れ込む。その光景を確認したナイは頷き、ただの樹木ならば現時点のナイでも切断する事は出来た。


しかし、赤毛熊の肉体は樹木などとは比べ物にならず、特に爪の部分は金属を想像させる硬さを誇る。実際にナイが全力で旋斧を叩きつけても赤毛熊の爪は破壊する事は出来ず、せいぜい欠ける程度の損傷か与えられなかった。



(あいつを倒すにはもっと頑丈な物を破壊しないと……となると、あれか)



ナイは後方を振り返ると、そこには川原が存在した。川原の方へナイは歩むと、彼は自分よりも大きい岩を発見し、その硬さを確かめるように指で叩く。



(この程度の岩を破壊するぐらいの力を身に付けないと、あいつには勝てない……)



岩の硬さを確かめたナイは旋斧を振りかざすと、剛力も発動させて全力で叩き込む。



「やああっ!!」



旋斧の刃が岩に触れた瞬間、火花が散って金属音が鳴り響く。叩き込んだ直後、ナイの全身に振動が伝わり、たまらずにナイは旋斧を手放して膝を着く。



「いったぁっ……くそ、まだ駄目か」



岩に叩き込んだ自分自身が衝突の際の衝撃で痺れてしまい、両腕を振るえさせながらナイは顔を上げると、そこには表面がすこしだけ罅割れた岩が存在した。その様子を見てナイはため息を吐き出し、全力の一撃でも岩に罅を入れる事が限界だった。


非常に頑丈な金属で構成されている旋斧でなければ、先ほどのナイの攻撃で刃が折れていたかもしれない。今のナイの腕力ならばホブゴブリンやオークなど敵ではないだろう。だが、この程度の岩を破壊できないようでは赤毛熊には通じない。



「もっと力を付けるんだ……もっと強くなるんだ」



ナイは拳を握りしめ、諦めずに旋斧を握りしめると再び岩に向けて構える。そして何度も岩に向けて刃を叩き込み、その度に身体に衝撃が走るが、彼は諦めずに岩を破壊するために切り付ける。



「はあああっ!!」



半ば狂気じみた特訓ではあるが、赤毛熊を倒すためには岩を一撃で破壊できるほどの力を身に付ける必要があり、無謀にも思える行為ではあるがナイは岩を切れた時、自分が赤毛熊を倒す力を身に付けたと確信を得られるような気がした――






――更に月日は流れ、ナイは13才の誕生日を迎えた日、彼は大岩の前に立っていた。彼の手元には旋斧が握りしめられ、いったいどれほどの岩を破壊し続けたのか、彼の足元に大量の岩の残骸が散らばっていた

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