第78話 アルとの別れ

「爺ちゃん、大丈夫だよ。すぐに治すから……諦めないでよ」

「全く、お前も諦めの悪い奴だな……そういう所は俺と似ているな」

「爺さん……ごめんよ、僕は何も出来なかった」

「馬鹿を言え、あの野郎を吹っ飛ばしただけでも十分だ……ゴマン、俺もお前に辛く当たり過ぎたな」



アルは泣き顔のナイとゴマンを見て笑いかけ、もう自分の命は助からないと知りながらも嬉しかった。たくましく育った息子と、その彼の出来は悪いがそれでも心根は優しい友達、そんな二人に見届けられるのならばアルも満足だった。


心残りがあるとすれば赤毛熊を倒すために作り出した武器が無駄になった事だが、もう仕方がない事である。それに自分が使えずともそれを引き継ぐ者は目の前にいる。



「ナイ、よく聞け……俺達の家にミスリルで作り上げた武器がある。そいつをお前に託す、俺の形見だと思って大切に使えよ」

「爺ちゃん!!」

「爺さん!!」

「二人とも、よく聞け……俺の敵討ちなんて馬鹿な真似をしようとするなよ。お前等は自由に生きろ……」



徐々に意識が薄れていく感覚にアルは死が近い事を悟り、最後にナイの腕を掴むと彼は黙って彼の顔を見る。森の中で捨てられていた赤子を拾った時、ここまでたくましく育つとは考えもしなかった。


やがてアルがナイの腕を握りしめる力が弱まり、遂には彼は目を閉じるともう二度とその瞼が開かれる事はなかった。そんな彼にナイとゴマンは何度も名前を呼びかけるが、結局は彼が目を覚ます事はなかった――






――赤毛熊に襲われた後、ナイとゴマンは二人がかりでアルを村まで運び出す。村人達はアルが死んだ事に深く嘆き悲しみ、特に長年の親友であった村長や商人のドルトンは彼の死体を見て涙を流す。


すぐにアルの葬式が行われ、彼の墓は家の前に建てられる事になった。墓が建てられた後、まだ子供で身寄りがないナイは他の村人が引き取ろうかと話し合われたが、それはナイ本人が拒否した。


自分はあくまでもアルの息子であり、自分の親は彼以外には存在しない。そう告げたナイはこれから先は一人で生きていく事を強く誓う。そして彼はアルが自分に残してくれた最後の形見を手にする。



「これが爺ちゃんの言っていた……ミスリルの武器?」



家の中に存在するアルの工房に赴くと、ナイは机の上に置かれたミスリル製の刃で構成された「槍」を発見した。これがアルが赤毛熊を倒すために用意した武器である。


アルは並大抵の力では赤毛熊の肉体を切り裂く事は出来ないと考えた。だからこそ赤毛熊を倒すには急所を貫く武器が必要だと判断し、そのために彼は突く事に特化した槍を作り出す。



「爺ちゃんはこれを使って赤毛熊と戦うつもりだったのか……」



意外な事にアルは大抵の武器は扱いこなし、槍に関しても心得がある。しかし、ナイは彼からは狩猟の技術は学んでも武道の心得は教えてもらっておらず、この槍を使いこなすだけの技術は持ち合わせていない。



(爺ちゃん……この槍は使わないよ)



アルの形見ではあるが、この槍を使いこなせる程の技量はナイには存在せず、彼は槍を手にすると大切に保管する。そしてナイは自分の背負っている旋斧に視線を向け、覚悟を決めた。



(あいつだけは……許さない)



自分の養父の命を奪い、更に大勢の人々に危害を加えた赤毛熊に対してナイは激しい怒りを抱く。しかし、赤毛熊との戦闘でナイは力の差を思い知らされ、現状では赤毛熊に勝つ手段はない。


今現在のナイでは赤毛熊に挑んでも返り討ちにされるだけであり、それほどまでに力の差は大きかった。剛力を発動させた攻撃さえも赤毛熊には殆ど通じず、仮に魔物を倒してレベルを上げた状態で挑んでも勝てる保証はなかった。



(もっと、もっと強くならないと……強くなるんだ!!)



アルは敵討ちなど望んでいないだろうが、それでもナイは赤毛熊が許せなかった。アルを殺された事以外にも村に訪れたドルトンを襲い、自分を救ってくれたビャクも無事かどうか分からない。その事を踏まえてもナイは赤毛熊から目を背ける事は出来なかった。



「爺ちゃん……俺は戦うよ、あいつを倒す」



養父の意志に背く事になってもナイは戦う事を決め、必ずや赤毛熊を倒す事を決意した。そのためには準備が必要であり、まずは新しい技能を覚える必要があった。しかし、今のナイは技能を覚えるためのSPは残っていない。



(まずは魔物を倒してレベルを上げる必要があるな……それにもっと力を付けないといけない。村の皆のために獲物を狩らないと……やる事はいっぱいあるな)



自分がこれから行うべき行動を考え、ナイは窓の外の風景を覗く。いつの間にか雪が降り始めており、季節はもう冬を迎えようとしていた――

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