第52話 死闘

「グギギッ……!?」

「まだだ……逃がさないぞ」



まだ完全に身体は回復しきってはいないが、動けるまでには治ったナイは地面に落ちていた旋斧を拾い上げる。それを見たホブゴブリンは明確に恐怖を抱いた表情を浮かべ、目の前に立つ人間の少年が恐ろしくてたまらなかった。


数か月前のナイは人間の子供の中でも脆弱だった。だが、今のナイは決して非力な存在などとは言えず、レベルも上げ、技能も身に付け、力も増した。だが、何よりも強くなったのは心だった。



(こいつは逃がしたら駄目だ……きっと、またやってくる)



ゴブリンは仲間意識が強く、仮にここでホブゴブリンを逃がせば殺された仲間の仇を討つために再び村を襲ってくるだろう。それならばなんとしてもここでホブゴブリンを倒さなければならない。


相手は手負いでしかも仲間も残っていない、この状況で逃がすなど有り得ず、ナイは勇気を奮い立たせて最後の戦いに挑む。



「うおおおっ!!」

「グギッ……ギギィッ!!」



ナイは駆け出すとホブゴブリンは右手に握りしめた剣を振りかざし、無造作に振り払う。迫りくるナイに対しての脅威からホブゴブリンは単調な攻撃を繰り出してしまい、それに対してナイは「迎撃」を発動させ、反撃を行う。



「やああっ!!」

「グギャアアアッ!?」



振り抜かれた剣に対してナイは旋斧を振りかざし、ホブゴブリンの手首を切り裂く。それによってホブゴブリンは左腕だけではなく、今度は右手首を失って両手が使えなくなった。



「これで、終わりだぁっ!!」

「ッ……!?」



ナイは両手を失ったホブゴブリンに対して止めの一撃を繰り出そうとしたが、この時に思いもよらぬ人物の声が響き渡る。




「――ナイ!!何をしてるんだ、お前っ!?」

「えっ……!?」




後方から聞き覚えのある声が聞こえ、咄嗟にナイは振り下ろそうとした旋斧を止めてしまい、振り返ってしまう。声の主はドルトンに肩を借りたアルだった。


どうやら騒動を知ったアルはドルトンの力を借りてここまで来たらしく、彼の右手にはボーガンが握りしめられていた。それを見たナイはアルがどうしてここにいるのかと混乱し、この時に彼は隙を作った。



「グギィッ!!」

「がはぁっ!?」

「ナ、ナイ!?」

「い、いかん!?」



アルに気を取られたナイに対してホブゴブリンは蹴りを繰り出し、強烈な一撃を受けたナイは地面に転がり込む。その光景を見てアルとドルトンは自分達のせいでナイの注意を引いてしまった事に気付き、後悔する。


蹴り飛ばされたナイは倒れ込み、この時に旋斧を手放してしまう。腹部に痛みを抑えながらもナイは必死に腕を伸ばし、落ちた旋斧を拾い上げようとした。



「く、くそっ……」

「……ギィアッ!!」



しかし、旋斧をナイが回収する前にホブゴブリンが先回りすると、地面に落ちた旋斧を踏みつける。それによってナイは旋斧が回収できず、ホブゴブリンに見下される。



「し、しまった!!くそ、うちのガキから離れろっ!!」

「誰か!!早く助けんかっ!!」

「そ、そんな事を言われても……」



アルは必死にナイを助けようとするが、まだ昼間の傷の影響か身体が思うように動かず、走り出そうとしたが途中で膝を崩す。ドルトンは村の大人達に声をかけるが、彼等もどうすればいいのか分からなかった。


ナイは倒れた状態でホブゴブリンに踏みつけられた旋斧に視線を向け、この状態では拾い上げる事は出来ない。その一方でホブゴブリンは仲間と自分の両手を奪ったナイに復讐するため、旋斧を踏みつけていない足を振りかざす。



「グギィッ!!」

「っ……!?」

「止めろぉおおっ!!」



倒れ込んだナイの顔面に目掛けてホブゴブリンは足を踏み下ろそうとする姿を見て、アルは手にしていたボーガンを撃ち込もうとした。だが、彼が行動を移す前にナイは腰に差していた短剣の内の1つを引き抜き、顔面に迫りくる足に突き刺す。



「このぉっ!!」

「グギャアアッ!?」

「なっ……!?」

「なんとっ……!?」



ホブゴブリンの絶叫が響き渡り、足首に短剣を突き立てられたホブゴブリンは悲鳴を上げて倒れ込み、その隙にナイは身体を起き上げる。短剣はホブゴブリンの足に突き刺さったままなので回収は出来なかったが、まだ最後の武器がナイには残っている。


腰に装着したもう片方の短剣を手にしたナイはホブゴブリンに視線を向け、刃を引き抜く。この際にナイは逆手で短剣を握りしめ、最後の一撃を繰り出す。



「これで、終わりだぁっ!!」

「――ッ!?」



声にもならない悲鳴が一瞬だけ村中に響き渡り、ナイが放った短剣はホブゴブリンの額を貫通する。やがてホブゴブリンは事切れたのか動かなくなり、その様子を見たナイは緊張の糸が途切れたのか、一気に身体に疲労感が押し寄せる。



「やった……」

「し、信じられない……あの、ナイが……うちのガキが、あのホブゴブリンを倒しやがった!!」

「なんという子供だ……!!」

「す、凄い……凄いぞ、ナイ!!」

「本当にあのナイが……これだけの魔物をたった一人で?」



ホブゴブリンを倒して地面に倒れたナイを見て村人たちは湧き上がり、彼の元へ駆けつける。だが、既にナイの意識は途切れていた――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る