第6話 知識を身に付ける

――街から戻った後、アルはナイが普通の人間のように暮らせるため、次の日から自分の仕事に連れていく事にした。アルは狩人として山や森に訪れ、そこで取れる山菜や野草、あるいは狩猟した動物の素材を村や街の人間に売って生活を保っている。



「爺ちゃん、このキノコは食べられるの?」

「いや、そいつは毒キノコだなほら、こっちに木の根元に生えている奴は食べられるぞ」

「へえ、ならこっちのキノコは?」

「そいつは食べられるが、あんまり美味くはないぞ」



森の中でナイはアルと共に背中に籠を背負い、彼からキノコの種類と効能を聞きながら食用の物だけを回収していく。特訓を開始すると言っても、最初にアルがナイに伝える内容は「知識」だった。


アルがナイを自分の仕事に連れて来させたのは山や森で取れる食材の知識を与えるためであり、万が一に自分がいないときでもナイには食べられる食材の知識を最初に教えておく事にした。もしも何らかの事態が起きてアルがナイの傍を離れる場合、彼一人で生きていけるようにまずは自分が知る食材の知識を覚える。



「う〜ん……キノコもいっぱいあって、どれだどれだか分かりにくいよ」

「まあ、分からないときは爺ちゃんに聞け。でも、いつかは一人で山に登って食材を取れるようになるんだぞ」

「僕にそんな事が出来るかな……」

「やるしかないんだ。だが、山へ登る時は常に回りに注意しろ……熊と出くわした時は食料を置いて逃げるんだ。怖くなっても急に逃げ出したら駄目だからな」

「う、うん……」



ナイはアルの言葉を聞いて慌てて周囲を見渡し、今にでも熊が現れるのではないかと怯えるが、そんな彼にアルは熊よりも恐ろしい存在を教える。



「熊よりも怖い生き物と出会うかもしれない……そいつは魔物だ」

「魔物って……絵本に出てくる怖い生き物?」

「そうだ。絵本に出てくる魔物よりも、本物の魔物は怖くて危ない奴等だ。もしも見つかったら一目散に逃げるんだぞ。あいつらには餌を与えても見逃したりはしないからな」

「こ、怖いよ……」

「大丈夫だ、爺ちゃんが傍にいる時は何があろうと守ってやる!!」



魔物という言葉にナイは震えるが、そんな彼を元気づかせるようにアルは狩猟の際は必ず持ち込む鉈を握りしめる。魔物は動物の熊よりも危険な存在であり、この地方では滅多に見かけられないが、もしも山で遭遇すれば子供のナイには抵抗も出来ずに殺されてしまう。


山岳地帯などでは「ゴブリン」と呼ばれる魔物が生息し、外見は人間の子供のように小さいが、緑色の皮膚に覆われ、鬼のように恐ろしい形相をした生き物である。普通の動物よりも頭が良いため、武器などを自作して襲い掛かってくる事もある。



(ゴブリン程度だったら何匹現れようと俺が守ってやるれんだがな……)



狩猟をする際にアルは何度か魔物と遭遇した事があり、もしも魔物に見つかれば逃げ切るか、あるいは戦わなければならない。魔物は人間を見つけると躊躇なく襲い掛かり、執拗に追跡する。


基本的にゴブリンは魔物の中では最弱の部類ではあるが、仲間と行動を共にすることが多い。だからこそゴブリンを見かけたら他の仲間がいる事を警戒し、慎重に行動しなければならない。



「いいか、ナイ。もしも魔物を見つけた時はすぐに爺ちゃんに言うんだぞ、何があっても守ってやるからな」

「うん、分かったよ……あれ?」

「どうした?何か見つけたのか?」

「爺ちゃん、ここに足跡があるよ……子供の足跡みたいだ」



ナイが指差す方向には確かに足跡が存在し、大きさ的にはナイと変わらないぐらいの足跡だった。それを確認したアルは目を見開き、すぐに彼は周囲を警戒するように見渡す。



「下がっていろ、ナイ!!こいつはゴブリンの足跡だ!!」

「えっ!?」

「近くに隠れているかもしれない……儂の傍から離れるな!!」



すぐにアルとナイは背中の籠を下ろすと、周囲を警戒するように視線を向ける。このときにアルはナイを庇うように引き寄せると、二人の頭上から枝が軋む音が響く。




――ギギィイイイイッ!!




森の中に獣とは異なる鳴き声が響き渡り、声のした方向にアルとナイは振り返ると、そこには枝の上に立って二人を見下ろす「ゴブリン」の姿が存在した。


ナイが見た絵本に記されている通り、全身が緑色の皮膚に覆われ、成人男性の半分程度の身長しか存在せず、鬼のように恐ろしい形相をしていた。初めて生で見たゴブリンにナイは呆気にとられるが、アルは即座に片手に鉈を構えてもう反対の腕でナイを突き飛ばす。



「ナイ、離れていろ!!」

「うわぁっ!?」

「ギギィッ!!」



4、5メートルの高さの枝からゴブリンは飛び降りると、アルに対して飛び掛かってきた。その手には自分で作り出したのか木の枝を削り出して作り出したと思われる「棍棒」が握りしめられていた。



「ギィアッ!!」

「ぐおっ!?」

「じ、爺ちゃん!?」



棍棒を手にしたゴブリンは上からアルの頭に棍棒を叩きつけ、頭部を強打したアルは膝を突き、その間にゴブリンは地面へと着地する。


アルに突き飛ばされたナイは咄嗟に彼の元へ向かおうとしたが、そんな彼にゴブリンは視線を向けると、口元に笑みを浮かべる。その行為は動物とは違い、人間のように知能が高い故、弱そうな人間の子供を見てのだ。

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