令嬢イリナ・アドラーの逃亡劇
宮崎
XX
XX-1:十二歳のとき
私が十二歳のときだ。家族で王領にある屋敷に遊びに行った。
そのとき、私は一人きりで山の中の探検に出かけた。
そして適当に進んだ山の中に廃墟になった館を見つけ、ほんの好奇心で潜り込んでしまった。
ところどころ朽ちて崩れているところもある館は、昼間でもちょっと怖い。足音を立てないように、私はこっそり進む。
ある部屋から下品な笑い声が聞こえてきた。嫌な予感はしたけど、好奇心に負けて中を窺う。
他に比べるとだいぶ内装がそのまま残っている応接間で、たしか五人くらいの男達が昼間から酒を飲んで騒いでいた。
「コラクまでくれば、あちらも足取りは追えねえさ」
「もともと体が弱えのに、強行軍させて余計に弱っちまってよ。見てて可哀そうなくらいだったなあ」
「あんまり可哀そうでさ、さっき終わりにしようって言って、用意してた毒飲ませてやったよ」
「もう殺しちまったのか!? はは、そりゃご苦労さん!」
ギャハハと全員が笑う。
内容に怯えた私はすぐさまその場から去った。来た道は戻らず、出口に近そうな方に進んだ。
そうしたら薄っすら開いたドアから誰かの苦しむ息遣いが聞こえてきたのだ。
そっと中を覗くと、そこには横たわった少年がいた。
「だ、大丈夫?」
慌てて駆け寄り声をかける。
「誰……?」
彼の目は開いていたけれど、私ではなく虚空を見つめていた。
「暗い……夜なの……?」
「今は昼よ。それに窓から陽射しも入ってきて明るいわ。見えてないの?」
「あなたは精霊? 冷たい……ひんやりする。気持ちいい……」
握った彼の手はとても熱かった。彼がきっと毒を飲まされた子供なのだと悟る。
どうするか悩んで黙っていたら、懇願するように彼が呟いた。
「ねえ、もし精霊なら、僕を攫ってください……どこか……どこでもいいから、もっと明るい場所に……」
連れ出してあげたかったけれど、弱り切った彼に長時間の移動は絶対に難しい。小さな私では抱えて運ぶこともできない。
――でもこのままだと、あの男達が様子を見に来る。
彼が死んでないと気付けば、今度こそ息の根を止めようとするだろう。それはもう簡単に、笑いながらでも。
「せめて彼らに見つからない場所に行きましょう」
ここにいたら殺される。
その一心だった。
ふらついてすぐに倒れ込む彼を何とか支えながら、部屋を出てできるだけ男達のいる場所から離れた。
途中かなり建物が崩れている箇所があって、瓦礫で廊下が塞がれていた。でも子供にしか通れないような隙間から、廊下の向こうに抜けられるのに気付く。
「この向こうなら、簡単に捕まらないわ」
そして抜けた先に小さな物置部屋を見つけた。
中は明り取りの小さな窓が一つあるくらいで暗かったけど、比較的綺麗で物がなく、彼が横になるスペースがあった。
喉が渇いたという彼に水筒の水を飲ませたけど、すぐになくなってしまう。
「すぐ近くを小川が流れてたわ。水を汲んでくる」
「でも……、あいつらが来たら……怖い」
「この部屋には鍵をかけておくわ! 怖いものが入ってこないようにしてあげる!」
予備の鍵が扉近くの壁にかかったままになっていたのだ。それを使えば、外側から鍵をかけられる。
私の言葉に、彼はほっとしたように握っていた手を離した。
「待っててね。ちゃんと戻ってくるから」
そう言って私は、彼を物置部屋に閉じ込めた。
館を出ると、近くの小川で水を汲んだ。あたりが夕焼けに染まっていたのを覚えている――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。