9-4:手紙の代筆者
私を西の監視塔に呼び出した手紙には「コラク公国の高貴な身分の方へ」と書かれていた。
ぼかされていたのは、おそらく第三者に手紙を見られた場合を考慮してだ。あれは私を第二王女ユリアだと知って出されたもの。そうなると、送り主は限られてくる。
まず一番はロベルトが思い浮かぶ。
でも彼は、私から「鏡」を受け取るのを心待ちにしている。コラクの王家に加護を与える精霊王とのやりとりができる秘宝。それを手に入れるまでは、私を殺そうとなどしないだろう。
ただし、私を殺して持ち物を探ればいいと開き直っていれば別。
怪しいのはジェニファー・エーブル。
ロベルトからどの程度まで事情を聞いているのかはわからないが、
ただ、嫌味を言わせるのと殺そうとするのとでは天と地ほどの差がある。
考えていくと、彼女が私を殺そうとするのも動機が薄い気がする。
未知数なのが、手紙の代筆者。
私の正体について知っているという条件は満たすけれど、動機が不明だ。
あり得るとしたら、代筆に気付かれ処罰されるのを恐れたから、か。王族相手に不敬を働いてしまったと恐れ、逆になりふり構わなくなった可能性はある。
しっかり見極めなくてはならない。そう思って臨んだ午後。
呼び出されてやってきたのは、ハルやノアと同級だというアシュレという男子学生だった。
今日一日私は宿舎を出られない。
だから相手に宿舎に来てもらった……というか、そうしたよという事後承諾だ。
宿舎には、入学試練生の相談に乗ったり、学校の話をしてやるためのサポートの学生や教員達が出入りしている。研究学校生の青いジャケットはそこまで目立たない。
対面した彼は、私の顔をちらちら見ながら落ち着かない様子だった。
気が弱く、ロベルトの取り巻きの中では、たまに雑用を命じられる影の薄い存在だという。
「あなたが、ロベルトからの手紙を代筆していることはわかっています」
初っ端から先制を仕掛けると、彼は土下座するようにがばりと床にうずくまった。
「も、申し訳ありません……! ロベルトに頼まれて断れませんでした。ですが、途中から俺は……俺は自分のために代筆していました。すべて俺の責任です」
「あなたのため?」
「あなたとの手紙のやりとりが、俺にはとても楽しくて……」
私は、ぐっと拳を握った。
何か叫んでしまいたい衝動が溢れて、それを鎮めたかった。知らず知らずの内に、胸元に手をやっていた。正確には、服の下に隠しているペンダントトップに。
アシュレはジャケットの内ポケットから、一通の手紙を取り出し、まるで掲げるように私に差し出す。
「あなたからの手紙は、すべて私が預かっていました。ロベルトがお忍びで訪ねてきたあなたに返すというので、布に包んで渡しました」
「なぜ一通抜いたの」
「あ、あなたとやりとりした証拠を、何か持っておきたくて……」
「それだけかな」
様子を見ていたハルが、横から口を挟む。
「もしかして期待したんじゃない? こうして直接返す機会が来ることを」
「……も、申し訳ございません!」
アシュレがさらに頭を下げた。
「最初はただ、詩に関する返信部分だけ文章を考えるだけのはずだったんです。でもあなたと昔の詩について感想を言い合ったり、お互いの詩を披露しあうのが本当に楽しくて……。ロベルトに頼んで途中からはすべて俺が書いていました。そしていつか、一言だけでも直接お言葉を頂きたいと、願うようになってしまったのです」
一気にそう懺悔すると、判決を待つかのようにアシュレは黙る。
彼がほとんどの手紙を書いていた。なら、第二王女ユリアが心を通わせた相手はロベルトではなく彼だった。
それを知っていたら。
いや……知ったとしても結末は変わらなかっただろう。
そして王女と直接言葉を交わしたかったという彼は、私を殺そうとした犯人じゃない。
私は彼が捧げるように差し出す手紙を受け取った。
「あなたは、第二王女を心から想っていた? 手紙に綴った言葉はすべて本当?」
「ロベルトの名を騙ったこと以外はすべて本当です」
「鳥は……『鳥は風を愛し、風は鳥を慈しむ』――」
「『彼らの逢瀬を、花だけが見守っている』。あなたと初めて意見を交わした詩の一節です」
涙目の彼が私を見上げる。私は次の行動になかなか出られず、そのまま彼を見下ろすように見つめた。
そうしているうち、ハルの焦れた声で我に返る。
「その詩がどうかしたの」
「覚えているか試せと、ユリアが」
傍にいるハルや、後ろに控えるノアも息を飲むのがわかった。目の前のアシュレは意味がわからない様子だ。
私はしゃがむと、震えるアシュレの肩にそっと手を置いた。
「私は本物の王女ユリアではありません。王女の代理としてここに来た者です」
「え?」
私は服の下に隠すようにつけていたペンダントのトップを取り出した。
初めてハルに会ったとき、コラク王家の者だと偽るために見せたもの。コラク王家の紋章である
楕円型のレリーフを弄れば、ぱかりと蓋が空く。中には小さく折りたたんだ紙片が入っていた。
「王女からの最後の手紙です。私が『良い』と判断したら、そのときは渡してくれと頼まれました」
例の「精霊王の宣託」のせいだ。最後の手紙を書くべきだと。
絶対に渡すことなどないと思っていた。宣託に従い、こんなものを私に託したユリアを恨めしく思ったほどだ。
精霊王は代筆者の存在は教えてくれなかった。それでもユリアは、ひとときでも手紙で自分を癒してくれた相手に最後の手紙を書いた。
「きっとロベルトでなく、あなたに渡すのがよいのでしょう」
震える手で、彼は私から紙片を受け取る。そのまま広げようとしたから止めた。私のいないところでひっそり確認してほしい。
書かれてあるのは、恨みごとか、ただこれまでの感謝か。目の前で読まれると、どうしても気になってしまうから。
ここであったことは絶対に他言無用であると口止めし――半ば脅し、もう帰っていいからと告げる。アシュレは立ち上がるが、思い切ったように話しかけてきた。
「ロベルトは、王女と結婚しても先はない。何の権力も手にできないと愚痴をこぼしていました」
「そう」
「それだけじゃないんです。あいつは、強い精霊の加護を持つ研究学校生同士で結婚すれば、いずれセイレンの街を治める地位も狙えるんだと語っていたんです……」
彼なりの告発のつもりだったのかもしれない。
「そんな大それたことを考えてたのか、あいつらは」
感心したようにハルが言う。
「名誉島民候補生のジェニファーは相手として好都合ね。彼、いずれ本気で王女との婚約を破棄するつもりだったのかしら」
そのための第一歩として、同級生であるジェニファー・エーブルを冷たい婚約者から救う形で距離を縮める。同時に学内でのハルの立場を下げるような工作をする……。
彼にしては大胆で思い切った策であり過ぎる気がする。
ジェニファーへの心変わりの理由を、気に入った恋愛小説から引用するような、しかも登場人物の選択が甘すぎるようなロベルトだ。
「ジェニファーは、裏で色々と企む人物?」
「いや、さすがに何の後押しもなしに王家にたてつくような性格では――」
言っている途中のハルと目が合う。互いに多分同じことを考え、アシュレを見やった。
同時に睨まれた彼は、怯えたように体を縮こませる。
「あの二人が頼っている先輩や、先生なんかに心当たりはある?」
「れ、恋愛相談なら、ときどき乗ってもらっていると言ってました。誰かまではわからないのですが、学校の関係者だと思います。生徒とか教員とか……」
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