第42話

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「私は…私は、この子の前世の母親だったの。」


お婆さんの告白に、あみは目をまんまるくさせている…。


「…え!まさか石川照勤!?」


「そう。あみちゃんは知っているのね。この子は偉大なお坊さんになってくれた。でも…。」


再びお婆さんが泣き出してしまう。


「お婆さん!どうしたの?泣かないで!何があったのか、私で良ければ聞かせてもらえないかな?」


お婆さんは泣きながら意を決した様に語りだした。


この子…兵蔵は私の3番目の子として生まれてくれた。最初は他の子と同じようにすくすくと育ってくれていたのだけど、3歳ぐらいの時から様子がおかしくなって…。


何もないところを指差して、黒い人が居ると私に伝えて来たり。誰も居ないのに誰かと楽しそうにお喋りしていたり。


兵蔵には、他の人には見えない世界が見えてしまっていると私は気付いた。一人で喋っているこの子のことを周りは白い目で見ていたわ。友達も全然できなかった。


私の旦那はそんな兵蔵のことを嫌っていた。あの人は異常に自分を誇りに思っている人だったから、どうして自分の子がこんな風になってしまったのかと。子供の中で兵蔵にだけ辛く当たるようになった。


兵蔵が5歳になった頃、この子の力は年々強くなってしまっているように感じた。誰もがこの子をバカにして、誰もこの子を信じようとしなかった。私だけは兵蔵のことを信じていた…でも兵蔵は心を閉ざしてしまったの、自分は変なんだって。それからこの子は誰とも会話をしなくなってしまった…。


そんな兵蔵に余計に苛立ち、あの人は暴力まで振るうようになってしまった。このままでは本当に兵蔵の心が壊れてしまうと思った…。私の力ではこの子を守り切れないと感じてしまったの。


私は沢山考えて一つの答えを出した。兵蔵を寺に出そうと。


そうすれば父親と関わらなくて済む…兵蔵の不思議は力はきっと、お寺の方が役立ててくれるはずと。


私は兵蔵をお寺へ養子に出すことを決めたの。あの人に悟られないように…。旦那には突然兵蔵の行方が分からなくなってしまったと伝えたわ。でもあの人は顔色一つ変えることは無かった。


兵蔵を養子に出す日…お寺の方が迎えに来てくれた。その方は私へ最後の挨拶をしなさいと、兵蔵の肩を押した。この子は振り返ると真剣な眼差しでこう言ったわ。


「お母さん、今まで育てていただき本当にありがとうございました。行ってきます。」


久しぶりに聞いた我が子の言葉が別れの挨拶だなんて…私は返す言葉も無く、泣き崩れてしまった…。まだ5歳なのに、なぜこんなにも大人びた綺麗な挨拶をこの子にさせているのか。自分の不甲斐なさに絶望してしまった。


お寺の方に手を引かれ歩き出すと、兵蔵は最後にもう一度振り返り、5歳の子供らしい飛び切りの笑顔を私にくれた。


私を心配させたくなかったんだと思う。その時私は気付いたの。


こんなにも心のやさしい子は世界にこの子しかいないのに!出来たはず!迷うことなくこの子と二人家を飛び出してでも、兵蔵を守ることが!!なぜやらなかった!?なぜ迷った!?


後悔しても、もう遅かった。兵蔵の姿はもう見えないところまで行ってしまった…。


この子が大人になって新勝寺の住職になったと聞き、私は足しげく新勝寺に通ったわ。悟られないように…。私はもうこの子の母親ではないから。


新しい名前を貰って、立派に僧侶としてお勤めしている。その様に見えたけど、ふとした時悲しそうな、寂しそうな表情をしているのに私は気付いてしまった。


私が兵蔵のためだと思った決断で、誰にも気づかれないところであの様な表情をさせてしまっている…。


あの時、走って追いかけてでも兵蔵を引き戻すべきだった。そう感じた時、私はもう迷うことをやめた。


私は兵蔵の幸せのためなら、世界中の全員がこの子を否定しても、何があっても兵蔵を信じ、絶対に守ると。


でもまた決断が遅かった…私の寿命は尽きてしまったの。


私は死んでもなお、兵蔵を見守り続けたわ。この子には良い人がいて、二人が幸せになれるように私は全力を注いだの。でも上手くいかなかった…。


この子には子供の頃から散々辛い思いをさせてしまった…。せめてこの子が次に命を授かった時、私が必ず幸せにしてあげようと自分に誓った。


私は兵蔵がいつ生まれ変わると知らなくとも、何年も何年もずっと探し続けたわ。


そして見つけたのが康平君…。私には、ひょうちゃんの姿と重なって見えているの。

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