第34話

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「起きてください…大丈夫ですか!?」


肩を叩かれた感触と男性の声でよしえは目を覚ました。とても薄暗い何も無い部屋…。


「おお、よかった…。」


「…はい。ありがとうございます。」


なんとか態勢を上げ、壁にもたれ掛かる。自然と涙が溢れてくる。そんなよしえに男性はハンカチを差し出した。


「これで涙を拭いて下さい。体も汚れまみれですし、少し休んで下さい。大丈夫、何も語らなくていいですから…。」


部屋の暗さで遠目からはお互いの顔を認識することは出来ない。声から察すると70~80歳ぐらい?同じ世代ぐらいに思える。


「ありがとうございます…。」


よしえはハンカチを受け取り涙をぬぐった。それからどれくらいの時間が経ったのであろう、男性はよしえに語り掛ける。


「私はこの部屋に閉じ込められてから3日ぐらい経ちます。窓も無く太陽も見られないので、体感でそれぐらいという感じですが。」


「ここは隔離部屋です…。平和教の理念に大きく違反した者が留置される部屋。この部屋に留置された人はもう聖地には居られません。その後矯正施設へ送られるそうですが、今思うと…本当にそうなのか定かではありません、多分浄化されていると思います…。」


「そうですか、その浄化というのは…?」


「存在を消されるということです。」


「…そんな!!私はこんなところで消されるわけにはいかないんだ!!」


男性は勢いよく立ち上がり、助けを求め叫びながらドアを叩いたり、ドアノブを回し続ける。


「無駄ですよ…。その扉には強い結界が張ってあります。普通の人には簡単に開くことは出来ません。」


「それでも!私は絶対にここから出なければならないんです!絶対に諦めることは出来ないんです!」


男性はその後もドアを叩き続けたが、そのうち平常心を取り戻ししゃがみ込んだ。


「あなたも一緒にここから出ましょう!何とかして脱出する方法を考えないと。」


「…私は、私は結構です。消えてしまいたいと思っていましたから。」


その言葉に驚いた男性はよしえに近づき両肩に手を添え、真直ぐ目を見つめながら語り掛ける。


「そんなことを言ってはいけません。どんな人にでも、あなたにも!大切に思ってくれている人は必ずいます!」


その時、男性の表情がハッとした顔から満面の笑みに移り変わった…。




「…僕がいるから、もう大丈夫だよ。幸子。」




「幸子…。私の名前。」


「今、お前の目を見てすぐにわかった、幸子だよな。」


「武志さん…武志さん?武志さん武志さん武志さん…!こんなことがあって良いの!?私なんかに、私なんかに!!」


号泣する幸子を武志は50年振りに優しく抱き留め、髪をなでた。

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