第26話

本堂の中は正月に訪れた時と同じぐらい込み合っている。やっとの思いでスペースを見つけて腰を落とした。


「アチャさんいる??」


「いるよ。今日はなんかいつもより金色の装飾が凄い。しかも開幕で怒られた。」


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「遅い!」


元々怒り顔だが今日は一段と怖い。いつも通り剣を振るとその長さを伸ばし、康平の頭上まで到達する。しかも今日は左手に持っている縄まで飛んできた。康平をぐるぐる巻きにし、いつもより数倍強い光で輝き始める。


「アチャさん、何かあったんですか?」


「アチャさん?誰だそれは。」


「あああぁ、、気にしないでください。」


「最近ショウキンの様子がおかしい。私の力が常に漏れている。」


横を見ると必死に手を合わせながら涙を浮かべている康平がいる。


「何でだろう、私にもわからない。毎日大変だし、無理させちゃってると思う、私のせいで。」


「とにかく泣くなと伝えろ!」


康平の輝きが止み、アチャは剣と縄を戻した。少し息切れしている様に見える。


「ショウキンにはまだ迷いがある。迷いを捨てよ。」


「あの、前からほんとに気になってるんですけど、ショウキンって何なんですか?アチャさんって何で私たちにここまで親身になってくれるのかなって。」


「やはりアチャとは私のことか。まあいい…この男は前にこの寺の住職をしていた。名は石川照勤。」


「!!…、ええええ、うそ…。」


「覚えていないのか?お前はいつも隠れて照勤の働きを寺まで見に来ていただろう。私は知っていたぞ。」


あみは再び横に振り返るとそこには康平の姿は無く、代わりに鼻筋の通った坊主頭の僧侶の正装をした男が手を合わせながら涙を流している。驚いていると一瞬気が遠くなる感覚と共に、前世の記憶が瞬く間に戻ってくる。


私の名前はトキだった。苗字は無い。


身寄りもなく学校にも通えず、幼少の頃から色々な人様の家に住み込み、洗濯物をさせてもらいその日生きていく賃金を稼いでいるような生活をしていた。大人になったある時、私に声をかけてくれたのがこの人だった。


とてもやさしくて、端整な顔立ち。私はこの人に心を寄せるようになった。家も身寄りもない私を受け入れてくれた。私にはこの人しかいなかった。私を自分の家に住まわせてくれ、洗濯の仕事も辞めさせてくれた。こんな私でも幸せになれるんだと思った。


この人は若くして新勝寺の住職になり、その頭の良さから傾きかけていた新勝寺をあっさりと立て直し、瞬く間にお寺を大きくしていった。どんな参拝者も受け入れ、やさしく接してくれる。とてもとても人気者だった。


でも家では違った。機嫌が悪いと罵倒され殴られた。味噌汁が少ししょっぱいだけで用意した食事もろともテーブルをひっくり返されたこともある。生活費はほとんどくれなかった。夜は全然帰ってこない。賭博場に入っていくところを見たことがあった。毎日この人の機嫌を損なわないように全力を尽くした。機嫌が良いと昔の様にやさしくしてくれる時があるから。結婚はしてくれなかった。


それでも私はこの人を愛していた。私にはもうこの人しかいなかったから。この人は55才の時に喉のガンで死んだ。治療するお金なんてなかった。この人の給料は女遊びと賭博に全部つぎ込まれていたから。また一人になった私にはもう何も残されていなかった。この人が死んでから1年足らずで私も病に伏せて死んだ。

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