隙間に座る

中村ハル

第1話 与太話

 百物語なんて、また乙なことを。みなさん、そろそろお揃いですか? まだ? 仕方ないな、ただぼんやり待ってるのも、時間が勿体無い。何、どうにもせっかちな性分でしてね。どうせなら、話しながら待ちましょうや。ん? とっておきのを持ってきたから、揃ってから話したい? おやおや、そんなら、与太話でもいたしましょうよ。ね。

 では、私からひとつ。

 なあに、本当の話じゃございませんよ。この世に幽霊なんて、ありゃしません。妖怪や、祟り…そう、呪いならばあるかもしれませんけどね。まあ、大抵の心霊現象なんてもんは、アナタ、そりゃ見間違いか勘違い、果ては寝ぼけて見たゴミ袋かなんかでしょうよ。人間の意識なんて、所詮は脳内のシナプスを渡る電気信号です。ほら、電話がよく混線するでしょ? ありゃ、ご存知ない、家の電話が他の電話の回線を拾って……スマホ? ああ、そう、今はもう家に黒電話なんかありゃしませんか。そいつはどうも。

 まあ、いいや。なんの話だっけ。

 そうそう、幽霊なんてアナタ、この世にいやしませんよ。見た? 見たって、幽霊を? 聞いたんですか、本人に。「アンタ、透けてるけど幽霊かい?」って。聞きゃしないでしょ。だったらヒトかも知れないじゃないか。

 そもそも、幽霊が透けてるってのは、絵にする為の方便で。まあ、昔の人は死ぬと身体が少しばかり軽くなることに気づいて、その減った重量が抜け出た魂の重さに違いないなんて、莫迦みたいに死体の重さ計ったりしたそうですよ。21g、たったそれぽっちが私たちの全てさ。

 この日本でもね、おんなじようなこと考えた人たちがいた。江戸時代かなんかだね。生きて動いていたものが、電池が切れちまった人形みたいな物になった。まあ、当時は絡繰だろうけどね。だったら、身体を動かしていたものがあったはず。それを調べたら、人の身体と魂の割合は7:3だってんだ。抜け出たのは3割だから、そいつは本体の3割程度にしか実体がなくって、だから当然、透けてるに違いないってね。合理的じゃないか。それを踏まえて、絵を描く時に、わかりやすく半透明にしたのさ。

 なんでって、そうでもしなけりゃ、ただの人間じゃないか。絵で見ただけじゃ、人か幽霊かなんて見分けがつかないのさ。四谷怪談だって、だからわかりやすくおどろおどろしい見た目にしたり、提灯にされたりしてるだろ。まあ、あの人は、どっちにしろ、幽霊じゃないからいいんだが。

 そもそも幽霊は、元は妖怪の一種なのさ。その頃はまだ透けてなかったと思うけどね。透けてる妖怪はいるけど、幽霊は透けてなかったよ。足もあったし。足、あるだろ。ほら、牡丹灯籠のお露は、カランコロンて、下駄を鳴らしてやってくる……知らないかい、牡丹灯籠。

 もう、やりにくいなあ。

 とにかく。幽霊は居たとしても透けてない。

 なんで言い切るのかって? 聞くかい?

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