7-8「待ち合わせ場所」

 翌月曜日は、朝からずっと曇り空だった。


 身支度に思ったよりも時間が掛かってしまい、危うく遅刻しそうになったことを除けば、取り立てていつもと変わることのない朝。


 すれ違った旧友に「化粧してるのか?」と聞かれ「一応」と答えたところ「似合ってるぞ」と言われたことを除けば、取り立てていつもと変わることのない通学路。


 別に異性に褒めて貰いたくて化粧をしてるわけじゃないんだけどとか、もうすっぴんで学校に来ることはなさそうだとか、そんなことを考え考えくさくさした気分で窓の外を眺めていたことを除けば、取り立てていつもと変わることのない教室。


 帰り支度を始めた矢先に沢本から『外せない用事ができたから今日はちょっと行けそうにない。一人で勉強してて』とメッセージが届いたことを除けば、取り立てていつもと変わることのない放課後。


 ――学校を出る頃には、空一面が黒い雲に覆われていた。とは言え、雨が降り始めるのはもう少し先のことらしい。わたしはだから、沢本に言われたとおり、一人で生涯学習センターに向かった。


 このところ自習室は平日でもかなり混み合うようになってきている。沢本は「場所を変えてもいいけど」と言っていたが、やはりわたしたちのホームグラウンドはここだと思う。わたしはまだ空いてる席に座ると、さっそく共通テストの予想問題集を開くことにした。


 七時までみっちり勉強した後、わたしは机の上を片づけながら沢本に『用事は終わった?』とメッセージを送ってみる。が、しばらく待っても既読すらつかない。まだ用事が片付いてないのだろうか?


 わたしはまだ雨が降り出していないのを良いことに、いつもの待ち合わせ場所を経由して――本当に何もなくなっちゃったんだな――沢本のマンションまで自転車を走らせる。


 剣奈川の土手を下って、田園地帯に差し掛かったところで異変に気が付いた。


 マンションの方で赤いランプらしきものがピカピカと光っている。あれは警察車両だ。それも、一台や二台じゃない。


 わたしは一気に加速して、マンションの駐車場に自転車を滑り込ませた。


 敷地内に押し寿司のように止まっているパトカー。近所の人たちが作る壁。その向こうに見えるのは一般人の立ち入りを禁じる黄色いテープだろうか。


「通してください! 友人がここのマンションの住人なんです!」


 誰かが叫んだ。違う。叫んでいるのはわたしだ。野次馬たちをすり抜け、押しのけ、黄色いテープへと、その向こうへと――。


「はいはいこっちに近づかないでください! 近づかないで! おいおめえ近づくなっつってんだろがよお!」


 二人の警官に同時に左右から肩を押さえ込まれながら、わたしは地面に転がっているを見る。見てしまう。


 ぽつ、ぽつり。


 ――雨が、降り始めた。


 天気予報では日が変わる頃に降り出すという話だったのに。


 その後のことはあまりよく覚えていない。

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