5-8「イリュージョニスト」

 自転車で県道を疾走するうち、遠くから金管楽器の演奏音が聞こえてきた。間違いない。あれは東高音楽部が得意とするルパン三世のテーマだ。


「もう始まってる?!」


「みたいだ!」


 沢本と二人、縦に並んで走っているので、どうしても大声でのやり取りになってしまう。


「余裕で間に合うんじゃなかったの!」


「申し訳ないとは思ってる!」


「あーもう、急ぐわよ!」


 沢本の声がいつにも増して大きいのは、遅刻の理由があまりにもくだらないからというのもあるのだろうが。


 十五分ほど前――自宅に戻ったぼくは、着替えをしている間、沢本に中庭で待っててもらうことにした。はじめは屋内に上がってもらうことも考えたのだが、沢本の方から「すぐに出るんだし」と断られたのだ。さらには敷地の外で待つとまで言い出したので、さすがに悪いと思って中庭に案内したのだが結果的にはそれが大失敗だった。妹に見つかってしまったのだ。


 ――おとーさん、おかーさん! 妖精さんだよ! 庭に妖精さんが来ているよ!


 綺麗なものを見ると著しく知性が低下する妹が著しく知性の低いことを言い出したので、急いで制服に袖を通して沢本のところへ戻ったが、時既に遅し。妹の声を聞きつけてやって来た両親(プラス、遺憾ながら愚妹)に沢本のことを紹介しなければならなくなった。おまけに家族がいらぬおもてなし精神を発揮してしきりに家に上がっていくよう誘うものだから、ほとんど逃げるように家を出たときにはもう、時間的余裕は完全に消し飛んでしまっていた。


「よーし見えてきた!」


 何度目かの「男には自分の世界がある」とともに球場へと続く最後の直線に入ると、ぼくは気持ちを鼓舞するために声を張り上げた。


「駐輪場はどっち?!」


「左手奥! 入場口もその近くだ!」


 ぼくらはドリフト走行で駐輪場に自転車を滑り込ませると、珠のような汗を後ろに飛ばしながら、一路入場口を目指した。


 カキーン!


 と、空を抜けていくような心地よい金属音が響き渡り、そのすぐ後にヒットファンファーレが続いた。


「遅れたけど、ゲームセットには間に合ったみたいじゃない」


「うん、ありがとう。沢本のおかげだ」


 ぼくが言うと、沢本はいかにも面倒くさそうに「さすがに疲れたわ。入場料を払ってまで観たい試合でもないし、後は深山一人で良い?」と返してくる。演技なのがバレバレだ。照れ隠し半分、ぼくへの気遣い半分といったところか。この分では、ぼくと順平の間に何があったのか、おおよその見当はついているのだろう。


「わかったよ。じゃあ、行ってくる」


 ぼくはそう言って自分の胸を軽くとんと叩いてから、もう一度、今度は心の中で沢本に礼を言う。


「あ、ちょっと待って。頭がひどいことになってる」


「え? 頭?」


 沢本はぼくの問いかけに答える代わりに魔法のように手鏡とクシを取り出して、ささっとぼくの髪を整えてくれた。どうやら自転車で走っている内に、変な癖がついていたらしい。


「良いわ。これでバッチリ」


 最初から最後まで世話になりっぱなしだ。ぼくはどんな表情をすれば良いのかわからず、変な角度に向かって頭を下げた。


「深山って、私服でいると男子みたいだけど、顔の作りは悪くないし、そういう格好してるとまぁまぁ女子だよね」


「それ、褒めてるのか?」


「トータル的には」


「なんだそりゃ。あんまり褒められている気はしないな」


 そもそもセーラー服を着てれば大抵の女子はまぁまぁ女子に見える。


「ぼやかないの。それじゃあ応援頑張って来て、東高女子」


「はいはい。じゃ、改めて行ってきます。応援の応援ありがとう、南高女子」

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