第五章「間引き」

5-1「夢遊病者」

「真ん中高め、ぎりゾーン内のストレート」


 ぼくはそう宣言して、狙い定めた位置へとボールを投げ込む。


「ストライク! いいぞ! ナイピナイピ!」


 ボールを捕った順平が、歓喜しながらボールを投げ返す。


「次は内角のきわどいとこ。球種はチェンジアップで」


 予告して、予告通りの位置にボールを放る。


「相っ変わらず地味に打ちづらいとこ投げんなあ、樹はよ」


「順平こそもう少し内角の球を打てるようになった方がいいんじゃないか?」


「これでも高校三年間で少しはマシにはなったんだっての」


「はいはい。んじゃあ次。外角低め、スライダー行くぞスライダー」


「バッチ来い……って捕れるかぁ!」


 ぼくのすっぽ抜けクソスライダーを取り損なった順平が、ひいひい言いながらボールを追いかけていく。東高野球部の面々には褒めちぎられたけど、やっぱもう握力が無理なんだよな。


「悪い悪い。順平ならいけるかなと思って」


 ぼくがけらけらと笑いながらグローブを立てて待っていると、順平は拾ったボールをミットに挟んだまま、つかつかとこちらに近づいてきた。


「ったく、そうやっていっつもお前は俺に――」


 親友はミットでぼくの肩をとんとやり、そのまま通り過ぎる。


「順平?」


 肩越しに振り返って、ぼくは体を凍りつかせた。


 そこに見知った親友の姿はなく、代わりに黒くてギザギザした人影のようなものが立っているということに気がついたのだ。



 人影が突き刺すように言った。と同時に、ギザギザしたその輪郭が四方八方に伸びて、辺りを真っ黒に染め上げていく。


 ぞわぞわとしたものがぼくの背中を駆け上がってくる。何だこれは。何が起きている? というかそもそもここは一体どこだ?


 順平とよく来る公園――違う。それほど広くない。狭くて、薄暗くて、路地。ここはそう、忘れもしない、秋の終わりのあの夜道だ。


 いけない。ここにとどまっていてはいけない。ぼくは寒さと恐怖でガタガタと震えながら、その場から離れようとする。


『逃げ場なんてない』


 誰かがぼくの背後でぼそりと囁いた。悲鳴を上げることもできずにぼくは道端に倒れこむ。振り返ると、そこには金槌を持ったおぞましい影が立っていて、ぼくを見下ろしながらにたにたと笑っていた……。


『彼女の死を、己の罪を、ゆめ忘るるなかれ』


 影は一瞬のうちに距離を詰めて、金槌を大きく振り上げた。


『逃げなさい!』


 聞き覚えのある鋭い叫び声に、ズシンという激しい衝撃が重なった。


「う、む」


 こわごわと目を開けると、目に映るのは見慣れた天井。


「……ひっでえ夢見させやがって」


 つまりは、そういうことだった。

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