世界の果ての薄明に、サボテンの花が咲く

mikio@暗黒青春ミステリー書く人

第一部 春の終わり、夏のはじまり

第一章「播種」

1-1「ぶらつき学生」

 みしりと何かがきしむ音が聞こえた。


 骨が折れるような音がそれに続き、古い白樺しらかばの樹木はどうと地面に倒れ込んだ。根元からひしゃげ落ちるようなむごたらしい倒れ方だった。


 つかの間立ち込めた土煙が晴れると、倒木の周囲に緑色の柱がいくつもの立ち並んでいるのがわかる。さすまたのように先端が二股に分かれているもの。ラグビーボールのような楕円球をなすもの。でデコボコになっているもの。柱の形状は様々で、どれ一つとっても同じものはなかったが、一つだけ共通していることがあった。表面にびっしりと張り付いた無数の針だ。


 さながら墓標のごとくに立ち並ぶ柱。それは、


 ――やれやれ。相変わらず物騒な連中だ。


 ぼく、深山みやまたつきは、丘の上の四阿あずまやから外来種に侵略されつつある森を見下ろしながら、唇の端を歪めて小さく笑った。


 五月中旬の真昼。梅雨入りを二週間ほど先に控えて、丘には暖かな日差しがさんさんと降り注いでいる。今頃3-A教室ではクラスメートたちが空腹と暑さと眠気に耐えながら、大畑教諭の退屈な数学講義を聞き流していることだろう。


 そんな中、ぼく一人だけが、授業をサボってだらだらと無為な時間を過ごしている。


 学校が嫌なわけではない。県立藤見原ふじみはら東高校での日々は平凡極まりないものだったが、不満を感じたことはあまりなかった。愛すべきはこの平凡さなのだと思うことさえある。


 けれども時々はあるのだ。クラスメートとすれ違うことや、学校が玩具の牢獄のように見えてしまうこと。それから、現在の退屈にではなく、未来予想図の退屈さに耐えかねてしまうことが――。

 

 そういう時々、ぼくはいつも学校のすぐ近くにあるこの鬼居ヶ丘おにいがおかに登るのだった。学校には病欠すると連絡済みだ。3-Aの担任でもある大畑おおはた教諭はぼくのことを非行とは縁遠いキャラクターだと認識しているようで、仮病を疑う様子は今のところない。おかげで日がな一日この丘でだらだらしていられるというわけだ。


 しばらくして森を眺めているのに飽きたぼくは、なんとなく遠くの方へと視線を向けた。


 砂礫されきの絨毯のただ中を、時に湾曲しながら海へと向かって突き進んでいく、澄みきった青のライン――市中南部に広がる平野を東西に二分するその川には、剣名けんな川という名前が付けられている。かつて越すに越されぬと言われた隣町の一級河川ほどではないにせよ、この時期なら中流でも川幅二十メートル、水深一メートルに達する藤見原市最大の河川だ。


 ふとぼくは剣名川の河原に人影があることに気がついて、目を細めた。


 ……何やってるんだ?


 シルエットの細さ、小ささからして女子であることは間違いない。


 女子は両手で棒切れのようなものを握り締めていて、地面に向かって何度も叩きつけているようだった。


 そう言えば大教室での授業のために買ったオペラグラスがあったな。ぼくはベンチに置きっぱの鞄から目当てのものを取り出すと、四阿から身を乗り出した。


沢本さわもと――」


 オペラグラス越しの狭い視界に映し出された痩せぎすの少女の顔には見覚えがあった。見間違いでなければそれは、中学時代の同級生の沢本はるかの顔だった。

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